※一応レイアース。

下界が滅びたら我々は楽園を築こう


 背中越しに、起きあがってくる感覚があった。
ランティスは夜着から着替える手を止めて振り返ると、やはり視線が絡む。
 気を使い室内の照明を付けずにいたせいで、相手の姿は薄闇に溶けているけれど、彼の特徴的な、琥珀の瞳はヒタとランティスを見据えていた。

「起こしてしまったか?」

 ふるりと首を横に振り、フェリオは言葉を続けた。
「起きたんじゃない、眠ってない。」
「そうか…。」
 眠れない理由など聞かずともわかっている。ランティスは再び視線を自分のベッドへと戻し、オートザムのファイターの衣装に着替え始める。
「出掛けるのか?」
「こんな時間だから、訓練用FTOも空いている。」
 ヘッドレストを被り、ランティスはフェリオが座っているベッドを振り返った。
「眠れないのはわかるが、王子「……俺は王子じゃない。」」
 忌々しげに言葉を発して、フェリオは大きく顔を歪めた。
「セフィーロなんて国はもう、ないだろう?」
「そうだったな。フェリオ。」
 呼び慣れない名前を、ゆっくりと口にしてランティスは言葉を続けた。
「少しは眠った方が良い。」
 フェリオは苦笑すると、ヒラと手を振った。
「わかってる。じゃ、頑張れよ。」
 無言のまま頷き、ランティスは部屋を出て行った。


 そう、セフィーロは無い。


 あの、柱候補が闘う場で、創造主は最後まで理を崩さなかった。一度崩れた理はそう簡単には元へと戻る事はないと、扉を固く閉ざした。
 その結果、柱候補だったヒカルとイーグルは消滅。彼等を手助けしようとしたウミとフウも一緒に消えてしまった。
 同時に、ギリギリの状態で柱候補を失った事で、セフィーロはもう星としての形状を保つ事も出来ずに塵と化した。
 セフィーロの住民は完全に地が消滅する前に、三国の船に助けられ移住してた。
 殆どの民や精獣は土地にゆとりのあるファーレンへ。
 ラファーガやアスコットと魔獣はカルディナのつてでチゼータへ。そして自分やランティス、そして導師達は枯渇したオートザムの資源を補うべく此処にいる。
 特にランティスは、ヒカルとイーグルを消滅させた創造主を殺す技術を、ジェオ、ザズと供に模索中だ。日々の殆どの時間を訓練とマシンの開発に費やしていた。

 そんな気力も自分にはない。

 ベッドに蹲り、フェリオは目を閉じ耳を塞いだ。
風の断末魔の悲鳴が今も耳の奥、一番深い部分で響いていた。解けるように消えていく細い肢体をどうすることも出来ずにいた 
 彼女は何を想い、こんな異世界で消えてしまったのだろう。
 まるで姉を失った時と同じ。いや、それ以上の背徳感だ。
 消えてしまうのなら、どうして彼女達は此処セフィーロにやって来てしまったのだろうか。元いた世界へと戻っていく、それは充分に覚悟していた。二度と会えなくても、風が微笑んで幸せになってくれれば良いと思い込む事は出来た。なのに、結果はこうだ。彼女は消滅してしまった。
 そんな事が頭の中を巡って、睡眠どころか思考すらも奪い去られてしまう。
 ひんやりと寒い部屋。
 空調は利いているはずなのに、ひとりでいるといつも寒さしか感じない。ズボンしか服を纏っていないせいもあるのだろうが、ただ寒かった。

「寒い…よ。」

 ◆ ◆ ◆

 カツンカツンと冷ややかな金属の廊下に足音が響く。
 闇の中に消えていく廊下は、ランティスが進むに連れてやっと先を照らしてくれる。
 昼間とて陽光と呼べるモノは幾重にも張り巡らされたドームの中には届きもしない。尤も、オートザムの大地に降り注ぐ光など、まともに浴びてしまえばそこに待っているのは死しかないのだけれど。
 
 貴方の瞳はセフィーロの空のようですね。

 想い出の中で親友は告げた言葉に、取り留めのない事を想い、黒く塗りつぶされた建物の窓を眺めていたランティスはふっと脚を止めた。オートザムの中でも屈指の規模を誇る建物の中心は空に向かい吹き抜けになっている。それを望む窓に凭れ、何かを眺めるジェオの姿を認めたからだ。
 引き締まった表情の中にあるのは、疲労だ。
 カツンと鳴ったブーツに、ジェオの視線もまたランティスに向けられた。
瞼を落として、しかし、掛け声と供に身体を起こすと、ランティスに歩み寄る。そして笑った。
「…生憎と、どの機体もオーバーホール中だ。」
「…。」
 無言のランティスをどう受け取ったのかはわからないが、ジェオは軽く肩を竦ませる。
「機体の扱いが荒すぎるそうだ、俺も、アンタも。
 もっと自重して乗ってくれないと、機体が保たないとよ。」
「…あの程度で保たないような機体では駄目だ。もっと丈夫なものを造るようにザズに言っておけ。」
 わかっている。ジェオはそう言葉を漏らした。
「…イーグルを、そしてヒカル達を消滅させた奴を許さない。」
 沸々と沸き上がる怒りを体内に無理矢理押し留めている様をランティスはただ見つめていた。ランティスとて想いは同じだ。
 柱を決めるべきあの時、創造主に向かって(殺す)と叫んだ言葉は変わらない。
 ランティスにとって大切だったのは、彼等であり失ってしまった故郷セフィーロだった。理に適わないからとは言え、簡単に消滅させてしまうのは、自らを造った相手だからと許容出来るものでは無い。

「…イーグルは…イーグルはもう長くは生きられなかった。
 俺はそれを承知の上で、戦場へ送り出したんだ。
 だから、そうだ…アイツの事は仕方ないと、無理矢理にでも思い込む事は出来る。
 …けどあの嬢ちゃん達は違う。ヒカルは、イーグルを助けようとしてくれた。他の嬢ちゃん達だってそうだ。何故、消滅なんざしなきゃいけなかった!
 それだけは、俺は、納得することなんか出来るはずがない!!」

 ドンと鈍い音が壁に吸い込まれた。衝撃を受けて歪んだ壁は丸く円を描いていた。ランティスは、それを流し見るようにして、格納庫へ歩き始める。
 憤るジェオに掛ける言葉はない。
 互いに、同じ手負いの獣だと知っている。そうしたところでイーグルもヒカル達も戻ってくる訳ではないだが、願わずにはいられない想いを願いを胸に行動している。
 彼と傷を舐め合うような、そんな行為などしたくない。失ったモノを嘆き合うだけの、軽い想いなどあるはずもない。
 
 その背中に、ジェオはもう一度声を掛けた。

「…この頃見かけないが、フェリオ…くそ、呼び慣れないな…は、どうしてる?」
「…。」
 ランティスから明確な答えがない事が、彼の不調を伝えている。ひとつ頷き、ジェオは壁に背を預け溜息を吐いた。
「セフィーロがあんな事になっちまって、随分と大変だったからな…もう少しばかりの休息は必要だろう。」
「セフィーロの民達の為にも王子は上泣き言を言える立場ではなかった。
 心に大きな穴を抱えたまま、笑う事を強いられた王子の心はきっと、カラだ。
 埋める術など俺は知らない。」
「随分と冷めた言い方だな、お前は心配じゃないのか。」
「俺がどうこう出来るものではない。王子次第だ。」
 心配をしていない訳ではないと言外には告げているのかもしれないと、ジェオは息を吐く事で会話を終わらせた。
 そして、ランティスが未だに彼を(王子)と呼んでいる事に苦笑する。
「…せめて、導師殿が…「もともと御高齢の方だ、セフィーロでなければ無理だったのだろう。」」
 ジェオの愚痴にも似た台詞を遮り、ランティスは窓から外へと視線を向ける。その闇の中。そしてその果てにいるかもしれない、創造主を睨む。

「…俺は、アイツを許さない…。」



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