ここで待ってる ver ferio


 城を囲む街並み。
荒廃以前はもう少し賑やかではあったが、此処数年で再び活気を取り戻しつつある。 上空から見下ろせば、小さな建物が城を囲みながら、日々裾野を広げている様子は目を見張るものがあった。
 視線の中に、目当ての建物を捕らえてフェリオはふわと石畳が敷きつめられた道路に降り立った。夕暮れと共に活気づく酒と花を売る通りは、今はまだひっそりと帳が降りるのを待ち、往来に人通りは少ない。
 それでも、精獣使いとしての正装を纏い、凛としたフェリオの姿は一目で城使いのものだと知れる。
 道行く人々は、一様に彼に羨望の視線を送って通り過ぎていく。
 
「なんや、フェリオやないの?」

 ヒョイと入口から顔を出したカルディナは、久しく見なかった青年の姿を見つけ、悪戯めいた瞳を細くした。
「ここんとこ、ちいとも顔見せへんから他がご贔屓かと思うたわ。」
「そんな意地の悪いこと言うなよ。これでも色々あったんだ。」
 フェリオは、気まずそうな表情を見せつつ、後ろ頭を掻く。先程までの表情は、ただの若者へと変わっていた。
「ラファーガが逢いに行っても門前払いやったって言うてたし〜ホンマ城の人間なんてお高う止まってるもんやな。」
「いや、それは…カルディナ、悪かったって。だからこうして謝ってるじゃないか。」
 (勘弁してくれよ)と告げるフェリオに、カルディナは豪快に笑い出す。彼女を装飾してる鈴も軽やかな音色をたてた。
「ま、ええわ。ウチか、旦那かしれへんけど、思い出してくれたんなら許したるさかい。」
「ラファーガがいるのか?」
 お許しが出た事に安堵したフェリオは、おやとカルディナの顔を見る。
「所謂、同伴出勤ゆう奴やな。お熱いやろ?」
「…店の二階に住んでるのは出勤と言わないだろ?」
 はぁと息を吐き、フェリオは店の扉を潜る。店内には明々としていて、掃除用具がまま置かれた雑多な室内のカウンターでラファーガがひとりグラスを傾けているのが見えた。
 気配に気付き、彼が顔を上げるのと同時に、フェリオは彼の横に腰を下ろす。
 それを追って、カウンターの下の据えられた跳ね上げの扉を潜り、カルディナが中に入ると、ラファーガは空いたグラスを彼女に差し出した。
 カルディナは迷い無く琥珀色の液体を満たしたグラスを戻す。言葉ひとつ交わす訳でもないのに、ふたりの仕草に淀みがなく、フェリオは眼を奪われる。
 ふたりでいるという存在感に惹きつけられた。 
「迷惑をお掛けしたようだ。」
 ぼんやりと眺めていたフェリオは、ラファーガの問い掛けに慌てて姿勢を正した。そうして驚く。
「どうして、それ…。」
「彼処は、昔馴染みが多い場所だ。それとなく事情は伺っている。」
 そうか、ぼそりと呟きフェリオは苦笑する。
「元々長老連中とは折り合いが悪かったからな。
 異世界の女に入れあげ、セフィーロを危うくする行為など言語道断なんて喚かれちまって、俺もつい…。姫や術師達が取りなしてくれなかったら、俺は一生檻の中だったろうな。」
「なら謹慎は終わったのか。」
 コクリと頷いたフェリオは(晴れて自由の身だ)と言葉を添えた。
「だから、勿論アンタのせいじゃないんだ。
 全部俺の我が侭だ。エメロード姫にも随分と心配をお掛けした。
 (ザガードに恋をして凶行に及んだのは自分であって、俺じゃない)なんて言葉まで姫に言わせてしまって、悔い改めべきだろうけど気持ちは全く変わらないんだ。」
 くしゃりと後ろ頭を掻いて、フェリオは苦笑した。そんな様子に、ラファーガは柔らかな笑みを浮かべた。
 フェリオが願いを叶える為に惜しまない努力をしていた事も知っている。剣を交えれば、真っ直ぐな性根と賢さを備えていることもわかる。時に酷く頼りなく見えてさえ、フェリオの心が挫ける事などないと知っていた。
 だからこそ、エメロード姫も彼に手を差し伸べたいと願ったはずだ。

「変わらないのなら、それでいいのではないか?」

 フェリオに心を寄せる者達は、口でどう告げていようとも、彼に変わって欲しいなどと願っている者はいない。
 ラファーガはそう考える。けれど、フェリオ自身はそう思ってはいないらしく、暫く黙り込んだ後、ふいに顔を上げた。
「なぁ、ラファーガ。
 俺が背負っているものはそんなに重いものなんだろうか?…俺は、そいつをしっかりと守っていけるんだろうか?」
 常に強気な琥珀の瞳が揺れて見えた。ラファーガはコップをゴクリと喉を鳴らして飲み込む。
「精獣使い殿。多くの人々が命運を任せる政に携わっている方がおっしゃる台詞ではありますまい。」
 一瞬、フェリオの瞳が完全に曇った。失言だったと本人も感じたのだろう、グッと真一文字に唇を噛む。けれど、ラファーガは口角を緩める。
「…だが、惚れた女を守るのは、確かに覚悟がいるものだ。」
「そんな事あらへんよ。」
 あっけらかんとカルディナは笑う。
「ホンマ、男どもはアホやな、呆れるわ。あんたらはひとりで色恋しとるつもりか?
 ラファーガ、あんさんはうちが守るさかい、怖い事なんかなぁ〜んもあらへんがな。」
「ああ、そうだったな。」
 首に巻き付いた褐色の腕を引き寄せて、ラファーガは口付けを交わした。
(やれやれ、相変わらずだな)と呟き平然と見遣るフェリオに気付くと、彼は笑った。
「愛しい女を手に入れられたようですな。」
 一瞬、口がぽかんと開いたと思うと、さっと顔を赤らめる。
「…え、その…。なんで…。」
「うちらの濃厚な営みを見ても顔色ひとつ変えないんは、惚れた女との行為を知ってとるからや。なあんや、からかい甲斐がなくなったなぁ。」
 クスクスと笑うカルディナを睨み付けて、フェリオは不機嫌そうは表情で呻る。
「お前等がくっつき過ぎてるから、馴れただけだ!あいつとは…!」
「あいつとは…?」
 言葉尻を捕らえて、カルディナがにんまりと笑う。
「…あいつとは、その…くそっ。」
 憎まれ口を叩きぷいとそっぽを向くのは随分と子供っぽい仕草で、カルディナとラファーガの失笑をかうのは充分だった。あからさまなカルディナと違い、ラファーガは何とか堪えようと顔を背けてくれるも肩が震えているのは隠しきれない。
「カルディナ、ラファーガ…お前等な!」
 フェリオの深い皺が刻まれた額を、カルディナの指先がピンと弾く。そして、にんまりと唇を上げた。

「話しは仕舞いや。さっさと会いに行ったり、その娘を笑顔に出来るんは、あんただけとちゃうのんか?」

 再び顔を赤くして言葉を失った、フェリオが返事をするかわりに、耳のリングが小さく揺れた。


3児の母さまより


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