ここで待ってる 今年は温暖だと天気予報は予告していたけれど、気温は低い。寒くなったなぁと思っていれば雪が舞い踊る。 白い雪は、散る花びらに似ていた。 風は寒さにマフラーを巻き直しながら、桜を想う。再会したのが春。もう季節はこんなに巡ってしまったのかと想う。唇にのせる前に、指先を当て声を止める。 フェリオ。 ああ、本当に私は馬鹿だ。風はそう思い、眉を歪めた。 「風ちゃん…!!」 思考に沈もうとする風を呼ぶ声が引き戻す。顔を上げれば、横断歩道の向かい側から光が腕を振り上げていた。 数人で行動している様子は、ゼミか何かのコンパだろうか? 風はニコリと微笑んで彼女に手を振り返す。信号が青に変わった途端、光が大急ぎで風の前に走って来る。見れば、海も一緒だ。 「あのね、風ちゃんも一緒にボーリングに行かない?」 「ボーリングですか?」 「うん、先輩達も一緒でね。友達を誘って行くことになったんだ。風ちゃんにも連絡したけど、通じなくて…でも逢えたから。」 慌てて取り出した携帯はマナーモード。ボタンを押し、ディスプレイに表示された記録には、光からの留守電が入っていた。 「練習室におりましたのでわかりませんでしたわ。」 「そうだと思ってた。」 ニコニコと笑う光は気にした様子もない。海と一緒に此方側に渡ってくるメンツには見知らぬ顔も多いから、これは一種の合コンだろう。 「ご無沙汰しております。」 フェリオが酔い潰した先輩方の顔を見つけて会釈をする。あの一件からは以前ほど偶然会う事も減った。 「ああ、風ちゃん。うん、お久しぶり。」 困った表情で笑うと、行かないかと誘って来た。そして、こう付け加える。 「ほら、あの彼も誘ってさ。えと、社会人なんだっけ?」 「はい。」 働いているには変わりない、職業は異世界の精獣使いだけれど。風の同意にキマリ悪そうに頭を掻く。 「だったら急には都合付かないかもしれないけど、俺等先に行ってるから、よければさ誘ってみてくれないか?」 そしてホッとした表情で苦笑いをする。 「なんていうか、もっと話しをしてみたくてさ。…もっともあっちはどう考えてるかわからないけど。」 「いいえ、お誘い頂いた事をお知りになれば、きっと喜ばれますわ。」 もう一度会釈をした風を見遣って、海と光を除き目的地に向かい歩き出す。 「で、風はどうするの?」 「あのね、東京ドームの側にあるドームシティのね、ボーリング場。」 「ドームシティの中にあるのが東京ドームよ。」 クスリと笑い、海と光は風の返事を待った。風は少しだけ困った表情になる。 「すみません、私今日はバイトを入れてしまっていて。」 この返事にふたりは目を丸くする。 「風ちゃん、バイトしてるの?練習時間が削られるから入れたくないって言ってたのに。」 「練習の一貫にもなるんですよ。音楽教室のお手伝いなんです。」 ふふっと笑うと、光は感心したように頷いた。 「子供達に教えてあげるんだ。なんか、素敵だね。でも、どうして急に?」 「前に一度お手伝いをさせて頂いた時に、フェリオさんからお勧めいただいたものですから。」 「フェリオが風にバイトを勧めたの?」 目を丸くする海に苦笑する。 「あ、そうではなくて。私がそのお話をさせて頂いた時に、とても楽しそうだと仰って下さったので、それで。」 「フェリオって、こっちに長くいる訳でもないのに、風ちゃんの事良く見てるんだね。」 凄いやと光が笑った。微笑み返す事が出来たかどうか、風には自信がない。 東京ドームと聞いて心臓が鳴った。立て替えられたとはいえ、あそこはフェリオとの想い出深い場所だ。 此処にいたいと言ってくれた彼を、送り出したのは自分だった。 信じている事に嘘はない。きっと彼は帰って来てくれる。それでも、今、心の大半を占めている感情をどうすることも出来ない。 「そっか、じゃあ仕方ないか。」 少し残念そうな海の様子に、自分に気張らしをさせてくれるつもりだったのだろうと察する。ニコリと笑った風に、海は眉を顰める。 「風、無理しないでね。」 「はい。」 風と反対方向に歩き出した光が、ちらと振り返る。風の姿は、雪の中に消えていくところだった。 「そう言えば、また、フェリオの姿見ないね。」 ポツンと呟いた光に、海はそうねと笑ってみせた。 「風せんせい、こんにちは。」 ペコリと小さな女子が頭を下げた。 彼女の名を呼び、風はスリッパを出してやる。子供用のものだったけれど、彼女にはまだ大きいようで、アニメのキャラクターを思わせる姿になる。 ペタペタと歩く様子がとても可愛らしい。 「練習をしていらっしゃいました?」 「少し…だけ。」 風の笑みに、少女は唇を尖らせる。 「だって、つまらない曲なんだもん。」 「まぁ。」 クスクスッと笑い、風は壁に設置してあるピアノに彼女を導く。 「じゃあ、どんな曲が弾きたいのですか?」 「この前風せんせいが弾いてくれた曲!わたし、風せんせいみたいに弾きたいの!」 きらきらと瞳を輝かせる少女は、ずっとずっと昔の私だと風は思う。黄色いバイエルを握りしめ心を弾ませて教室へと向かった幼い自分。 ピアノを弾くことがただ嬉しくて、幸せで、大好きで。 フウはとても優しい顔をしていた。 ああ、そうだ。大切な事を思い出させてくれた此処で、私は貴方を待っている。 「この曲は私の大切な思い出なんですよ。」 風はそう少女に話し掛け、小さな指に自分の手を添えて主旋律をなぞった。 content/ ver ferio |