引き返せない気持ち ver ferio 言われた通りに進み、見つけた白くて大きな建物に乗っかった看板を見つけた。よくよく見れば、海が残した紙切れにも似ているが違うものにも思える。 「漢字…って奴が読めないもの不自由だな…。」 描かれていたのは、カタカナだったがフェリオはただ首を傾げる。その建物は、大勢の人間が出入りしている様子だったが、(海を知らないか)と聞いて回るのも憚られる。 おまけに入口には、門番がいてチケットを持っているか、此処の関係者でなければ入れてくれないと来ている。勿論チケットなんて持ち合わせもないし、関係者であるはずがない。正統な状態では入れないという事だ。 諦めようか…。 もうどうでもいいじゃないかと、心が呟いた。海に一言告げて何になる。余計に彼女を苦しめるだけではないのか? 「あら、どうしたの?」 玄関に背中を向けたフェリオを呼び止めた声に、え?と間抜けな返事をした。見れば、雨の日に傘をくれた女性が笑っている。 「また、困った顔してるわね。あなたいつもそんななの?」 そんなはずないと、反論する元気がフェリオにはない。この間の恩もあり、素直に状況を話す事にした。 「…友人が中にいるかもしれないんだが、入れなくて…。」 「あ〜そうか、呼出も駄目か、今日はリサイタルが何組も入ってるから難しいわね。試験後だから、コンサートもコンクールも目白押しで、呼出なんて御法度だわ。あ、詳しいのはね、私此処で事務員やってるからなの。」 (りさいたる)(こんさあと)(こんくうる)知らないの言葉目白押し言葉には、フェリオは沈黙するしかない。それを見た女性は、フェリオが相当に困っているのだと勘違いをした。 「しょうがないわね。これも何か縁ね、おばちゃんが入れて上げるからこっちいらっしゃい。」 ひらひらと手を振って、大きな作りの入口を斜めに見ながらぐるりと回って、通用口と書かれた扉にフェリオを招き入れた。警備のおじさんは、彼女を見て苦笑いをしている。 「何?またおせっかいしてるの?」 「イケメン男子だから、私断りきれないわよ〜。」 ハハハと笑いとばして、フェリオを中に入れてくれた女性はこれだけは注意してね、と言葉を続けた。 「演奏してる最中は扉を開けないでね。係員がいる場所は彼らが止めるけど、わからなくて開けちゃうと、やっぱり奏者は気が逸れちゃうから。コンクールの最中だとよけいにね。」 こっちから出られるからと送り出してくれた女性に、フェリオは礼を言う。彼女はただ笑って、手を振っていた。 何かの糸にでも手繰り寄せられているような感覚が、脳裏を過ぎる。しかし、フェリオはまさかと首を横に振った。出来過ぎている。 そうして、フッと息を吐いて海の気を探るために神経を集中する。途端、響いた旋律に眼を見開いた。 忘れる事の出来ない音が、フェリオを捕らえる。 レイアースに降り立ち、試練の相手を捜した時に聞こえて来た曲だった。冷酷になりきれない自分を奮い立たせる為に、風を嬲った。けれど、そうすればするほど、追いつめられていくのは自分自身。憔悴感に苛まれていく自分を目覚めさせてくれたのが風だった。そうして、彼女に心惹かれ再びレイアースに降り立った。 好きだ。 フェリオの内から、堪える事の出来ない感情が溢れる。押さえ込もうとした、忘れようと思った。なのに、この旋律がその想いを甦らせる。 フウの笑みが、泣き顔が、怒った表情がフェリオの名を呼ぶ。 耳につけられた指輪が、リンと共鳴するように鳴った。 気付くと、部屋の隅に自分の姿があり、大勢の観客に囲まれてピアノを弾く風の姿を見つめていた。一心不乱に演奏する彼女の姿には、彼女の夢を邪魔した訳ではなかったのだと、ただ安堵した。 既に海の事など頭から消え、フェリオ瞳は風を見つめ続ける。そんなに長い時間ではない。演奏が終わり、彼女は楽器から手を離し、立ち上がる。 息を軽く乱し、美しいドレスに身を包んだ風は、堪らなく美しく魅力的で、抱き締めたい衝動を必死に拍手で抑えた。 彼女を見つめていたい。立ち去る事の出来ない我が侭な想いは、拍手が鳴り響いている限り、抑えていられる。 けれど、風と眼が逢えば、俺は、セフィーロに。 諦めの悪い頭が胸が震える想いに捕らわれた直後、左腕に衝撃が加えられた。ハッと顔を向けると、光がと腕を掴んでいた。光の剣幕に戸惑っている間に、右腕も重くなる。想像はついたが、念のために確認するとやはり海だ。 「風は貴方の為に弾いていたの、幾ら貴方が鈍感でも、これ位はわかるわよね!なんて聞こえた!?私には、貴方が好きって聞こえたわ!なのに、逃げだしたりしないわよね!」 逃げだす事なんてとフェリオは苦笑した。真っ直ぐに風の瞳が自分を射ていた。 くしゃりと風が微笑み、彼女の瞳から涙が溢れた。 もう引き返す事など出来はしない。 content |