切なくて、苦しくて  ver ferio


 自己嫌悪とはまさにの事だ。

 フェリオはベンチに腰かけたまま、上体を両腕に乗せた。深く沈み込むように、俯くと、唇を噛みしめる。
 海の愕然とした表情が瞼に甦った。

『こんなの…俺の八つ当たりじゃないか…。』

 クレフが自分に放った言葉の余りの重さに耐えきれず、俺は彼の思い人である『海』に鬱憤を吐き出したのだ。  導士殿は確かにご立派で、邪な想いになど流される事もなく異世界の少女の幸せを願い、自分の想いを伝えようとはしなかった。
 フェリオと違い、彼は元々レイアースに仇なす事もなく此処に住まう人々を救う為に魔法を使い、光や海、そして風を導いた存在だ。(葛藤があったにしても)レイアースを破壊する為にやってきた自分と違い、遠慮することなどなく訪れる事が出来る存在でもあった。
 それなのに、彼は己を律し、自分は欲望のままに此処を訪れ再び風を傷つけた。自己嫌悪に陥る事はあれど、誰が悪い訳じゃない。
 なのに、くだらない言葉を海に告げてしまった。
彼女がクレフの事を想っているのは、何度かこちらへ訪れる事で知った。もう一度逢いたいと願っているのも知っていた。けれど、そんな海の願いに手助けをするでもなく、自分の為だけに此処を訪れ、そして…。

「最低だ…。」

 来ないでくれと風が告げるはずだと、自重の笑みが唇を上げる。この上、大切な友人を傷つけられたと知ったら、風は…。
 落ちるところまで、落ちてしまえと心が囁く。
 いっそ、彼女をさらって無理矢理セフィーロに連れ帰れば…彼女は逃げる事も出来ず、自分だけのものになるのだろうか…?
 そんなはずがない。
 彼女は卑劣な自分を赦さない。強い眼差しで、揺るがない言葉で、…。そんなものを向けられたら、俺は…。

『生きていけない。』

 陳腐な言葉が頭を過ぎり、フェリオは苦く笑った。
それならば、今の自分など死んだも同然ではないのか。もう彼女の横に並び立つ機会を失ってしまったのだとしたら、此処にいる価値がないどころか、自分の存在意義さえ怪しいものだ。
 意義があるとすれば、ランティスや多くの死者達に託されたセフィーロの再興だろう。最も、意気消沈した自分にどれだけの魔力が保持出来るのかも怪しいものだろう。
 そう考え、ふいに思いたった事柄があった。
 セフィーロに戻るだけの魔力は明日にでも溜まる。そして、恐らく自分はレイアースに二度と訪れる事はない。ならば、海にクレフの気持ちだけでも伝えてやろう。今の状態では何処か復讐じみても思えたが、此処に存在している自分のたったひとつだけ残された価値のようにも感じられて、一人頷く。



 翌日、海と別れた場所へと向かった。大学へ行けば確実に逢えたが、そこには風もいる。彼女を見てしまえば、簡単に理性が飛ぶだろう。風を連れ去ってしまってからでは、幾らなんでも遅すぎる。
 それが欠片だけでも残った最後の自尊心だ。

「…まぁ、いないよなぁ…。」

 キョロキョロと周囲を見渡しても、海の姿はない。たまたま通り掛かったのなら、彼女の気を追うのも難しいだろう。風の気なら…とつい考える思考に蓋をして、敢えて気を閉じた。
 けれど、道路の横に伸びた街路樹から微かに海の気配がする。近寄って、覗き込むと、小さなピンク色の紙が葉の間に挟まっていた。
 拾い上げてみれば確かに海の気配があり、そこにレイアースの言葉が綴られている。が、当然のようにフェリオには読むことは出来なかった。
 暫く思案した挙げ句、フェリオは小さな息を吐く。溜息が出たのは、こんな状態になってまで、何かに縋り付く自分の気持ちが無様だったせいで、それでも思い立ったのだからと行動を起こす。

「あの…。」

 通り掛かった女性に声を掛けると、不審な表情でフェリオを見た。
「何ですか?」
「すみません、これ…。」
 フェリオの指先にある紙に眼を止めると、ああと頷いた。
「場所わからないのね。」
「はい…。」
 場所と言われ、何処か建物なり住所なりが書き留めてあるのだと知り、頷く。
「大学通りを真っ直ぐ行ったところにある白い建物よ。屋根の上に大きな看板が出ているからわかると思うわ。」
 看板に書かれた字も読めないが、この紙と同じ形ならばわかるだろう。フェリオはその女性に礼を告げて、教えられた場所へと脚を向けた。





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