走り書きのメモ  ver ferio


続きになります。

(おぎゃあと生まれたからには、いつかは死ぬ。)

 的はずれのようでいて、そうでもない事を考えながら海は歩く。
そう、間に合っていようが理解していなかろうが、試験は終わるのだ。終わらないものなど、この世界の何処にも無い。
 けれど、CMでも言っていた。

(終わらない仕事はない。次ぎの仕事が来るだけ)

 真実だ。試験が終われば及第点に及ばないもの達には、追試という名の(次)が待っている。

「でも、終わりは、終わりよね!」

 う〜んと背伸びをして、バサバサと髪を左右に揺らす。そうして海は終わった事として、(試験)を頭から追い出した。
 そう、彼女には考えなければならない事があるのだ。
 親友の初リサイタルの手伝いをするという大切な任務が待っている。
当日の受付は勿論の事。招待状を送るお手伝いや、衣裳の相談。海と光も腕まくりをして頑張らなければならない事が目白押しだ。
 主催者である風にだって雑用はあるだろう。けれども、演奏者たる彼女には、煩わしい事から手を離して、とにかく練習して欲しいのだ。それこそ、悔いの残る演奏など絶対にさせたくは無かった。
 風が迷った末に、結論を出し歩き出そうとしているのだ。どんな結果であれ、海は彼女を最後まで応援するつもりでいた。
 けれど、一番最初に自分がしなければならないのは、当日会場に贈る花を選ばなければならないという仕事だ。
 光と連名にしようかとも話し合ったのだけれど、少しでも華やかな方がいいんじゃないかという結論に達して、それぞれ個々に贈る事に決めた。
(きっと光は可愛らしいお花を贈るだろうから、私は豪華一点主義な花にしよう。
 風のイメージは白かな…でも、それって病人に贈るものみたいよね、まずいかしら?)
 徒然と考え事をしながら、会場に良く花を搬入しているというショップに向かう。
頭の中に予算を浮かべて、覗き込んだ店先。白い壁の咲き誇る花達を眼にした途端、海の思考は全てリセットされた。

 あれも、いいけれど、これも良い。
嗚呼、どうしよう迷う、綺麗なお花が多すぎる。待って、待って、あくまで風と会場に合うものにしなきゃ、お勧めを聞いた方がいいかしら。
 
 店先にはいなかった店員を捜して、海は戸をくぐる。
白い壁で統一された店内は、教会のバージンロードよろしく左右に花の道が出来つつ奥にあるガラスケースに続いていた。その中にあるのは主に薔薇で、色とりどりに飾られている。自然の色のせいなのか、これだけの種類に富んだ色彩に埋もれているのに、煩わしい感じを受けないのが不思議だ。
 それにしても、これだけ種類があれば店先で考えていた以上に迷う。長い髪を揺らし店内を物色しながら、海は心が弾んでいるのがわかる。
 こういう悩みは好きだ。大事な友人の為に、とあれこれと想うのは素敵な事だろう。
 …と、海の目が吸い寄せられる、止まる。
 ふわふわとした花弁の白い花。すっと細い茎の先に幾重にも重なった花弁は、内側から外へ淡い金色を纏っている。大輪という程の大きさではないが、清楚で華やかな感じがした。
「…素敵…。」
 向日葵だの百合だのと、馴染みのある花ではなく、名前はなんだろうかと海は小首を捻った。
 リサイタルの会場にも相応しい花ではあるのだが、ブーケにすれば、きっと風に似合うだろう。清楚な白いドレスを身に纏い、ティアラと絹のベールを飾った風が、海には容易に想像出来た。
 頬を染めて、彼女はきっと微笑むのだろう。それもとてつもなく幸せそうに。
 その情景に付け足すべきものを思い浮かべ、海は口をへに曲げる。
海が想像したのは、勿論風の横に並ぶべき男の姿で。当然のように出てきたのは、にやけた顔のフェリオだったのだ。

 余計なお世話かもしれないけれど、一言いってやらないと気が済まないわよ。
海は浮かんだ人物に毒づく。

相手の気持ちを大事にする。それはとっても大切な事だ。
自分よりも相手の思いを優先する。中々出来るものじゃない。

けれど、それならフェリオの思いは何処にあるのだ。
風にもう来ないでくれと一度言われた位で(それはそれで堪えるだろうとは思うけど)おめおめと引き下がってしまうような、彼の願いはそんなつまらないものだったのか。

「だいだい、その程度の男だったなら、最初から風に声なんて掛けないで欲しいわよ。」

 海は、ツンと唇を尖らし呟いた。
 とても大切な親友なのだ。悲しませるなんて許さない。たとえ
風の中にある想いが実を結ぶ事がなくても、失恋のやけ酒のひとつやふたつ幾らでもつき合うつもりは海には充分ある。チャンスは何度でもあるし、男はフェリオだけじゃない。彼女を涙させるような奴だったら最初から願い下げだ。
 でも、本当の意味で風の心を穏やかにしてくれるのは、フェリオの存在しかないのだろう。
 自分だってそうなのだ。この気持ちに結論を出してくれる人間は、フェリオと同じ異世界にしか、いない。

 クレフ。

 小さな溜息と共に名を呟いた海は、何気なく外を見て息を飲んだ。
クレフが魔法で助けてくれたのかもしれない。
「お客様、何かお探しですか…」
 奥の方から涼やかな声が聞こえたが、海はヒラリとスカートを翻した。
「ごめんなさい。また、来るわ!」
 慌てて店を飛び出した海の背に、怪訝そうな『ありがとうございました』が送られる。肩から滑り落ちそうになり、手帳や小物入れが中で踊った気がした。(もう)と呟いて、慌てて鞄を抱え直すと、海は走り始める。
 見慣れた緑の髪。傷を持った横顔。
 魔法など使われたら追いかけてなどいけないけれど、曲がった角の先には、その背中があった。

「フェリオ!」

 海の声に、一瞬振り返る表情。酷く困った彼の顔に、海は嫌な予感を覚える。

「待って!貴方に話したい事があるの!」
「…すまん。フウには黙っててくれないか、彼女をこれ以上困らせたくない。」
 フェリオの顔色が酷く悪かった。此処で責める言葉を口にするのは、彼を追い詰める事になりはしないかと思い、しかし海はそれを否定する。
 フェリオは今、異世界ではなく自分の目の前にいるのだ。風に想いを伝えるべきだ! 
「貴方らしくないじゃないの、フェリオ! フウの事、どうでも言い訳じゃないでしょ!!」
 海の声に、眉間に皺を寄せフェリオは目を閉じる。唇から落ちたのは、詰め寄った海も辛うじて聞き取れるような小さな声だった。
「……お前は、フウの人生を狂わせる権利があるのかとクレフに言われたんだ。」
 思い詰めたフェリオの表情に、伸ばしたはずの腕が止まる。一瞬の躊躇いが、海に迷いを生んだ。
 クレフの言葉は、確かにフェリオに放たれたものだろうが、それはまま自分の事ではないのだろうか。未だに赴いてもくれない、それが彼の理由なのか。
「…な、んで…。」
 そうして僅かな間に、フェリオの姿は消えていた。海は俯き、唇を噛む。
自分の迷いで、機会を逃してしまった事を自覚する。

「…クレフの、馬鹿!!!!」

 そうして両手で握り拳をつくり、海は路上に言葉を吐きだす。バカバカと小さく呟きながら、海は来た道を花屋に向かって戻り始める。
 気持ちを切り替えなければと、鞄から手帳を取り出し意識を花へと戻そうとした。予算等を記していた頁を開き、貼り付けていたホールの名が記されたメモがない事に気付く。パラパラと捲っても見つける事が出来なかったので、また溜息を吐いた。
「トコトン、ついてないわね。」
 自分の不甲斐なさも腹立たしく、海の脚は彼女に似合わぬ程の歩幅を広げさせ地面を蹴り落とそうとするように強く踏みしめられた。


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