お誘い ver ferio ※結構大人じゃんの内容です…。 褐色の細い腕がフェリオの首にまとわりつく。紅色の髪が頬をくすぐった。 豊満な胸と細くくびれた腰をおしげもなく晒した衣裳は、踊り子特有のものだ。 「なんだよ、カルディナ。」 「うちと飲まへん?」 艶やかな唇がそう告げると、フェリオがほんの少しだけ頬を赤くしてから、その腕を外した。 この店で、一番人気を誇る踊り子には強面の恋人がいる。ここに通う者なら誰だって知っている噂話だ。 「隣で飲んでええか?という普通の意味やて。」 カルディナは悪戯じみた笑顔を見せて、フェリオの横に座るとカクテルを注文した。 「それに、ラファーガどっか行ってしもて帰ってこんのや。」 「ラファーガ…。」 城内で聞いた事のある名前だった。 確か昔はエメロード姫付きの剣闘士だったが、先の厄災の時その任から外れたらしい。 同じく城仕えをしていたフェリオだったが、顔を合わせた事は皆無。噂は今でも残っている。ランティスと互角の腕前だったと…。 「…だったら、別の男を捜してみたらどうだ?カルディナだったら選べる立場だろう?」 フェリオの話に、カルディナは女心わからんやっちゃと言いながら笑う。妖艶のようでいて、その笑顔は子供のように無邪気だった。 「うちにはあんたみたいな良い男が、お持ち帰りもしないで、ひとりで飲んでる方が不思議やね。どう考えても健全ちゃうわ。」 ムッとして、フェリオはグラスを更に煽った。 「いいだろ、そんな気分の時もあるんだよ。」 そうカルディナはそう言ったが、この青年が店の女の子をお持ち帰りしたところなど見たこともない。声を掛けたのも、時折耳元に手をやりグラスを煽る青年が、普段よりも荒い飲み方なのが気になっただけだ。 「ひょっとして、男が好きなん?」 カルディナの台詞にフェリオは口に含んだ酒を吹き出しかけた。 「何を…!?」 「だ〜って、こんな美人の誘いを断るやなんて、そういう趣味かと疑われたってしゃーないやん。」 にやにや笑うカルディナにからかわれている事は一目瞭然。 フェリオはふんと顔を逸らし、瓶に残った液体をグラスに注ぐ。 「なんぼなんでも、それ飲み過ぎちゃうん?」 「なんだよ。ここの店は、客の酒の飲み方まで指示するのか?」 不機嫌な顔でカルディナを睨んだフェリオをカルディナは呆れた顔で見つめ返した。片手でカクテルグラスをいらう。 「ここは、うちの踊りを見に来てくれる客がくる、お上品な酒場や。飲んで暴れるような者は置いとく理由あらへんがな。」 「俺は吐くまで飲んでも意識は飛ばない。…突然寝るけどな。」 はっはぁ〜んとカルディナは呟いた。 「忘れたい事があるんやな。惚れとる女の事か?」 図星。今度は完全に吹きだした。隠しようもなく、フェリオの顔は真っ赤になっている。ばっちいなぁと言いながらカルディナは目を細めると唇をあげた。 「あんたかて、うまくいかない恋なんか止めて、他を探してみたらどや?それこそ、選べる立場やろ?」 むっとしたまま、フェリオは酒を煽った。 そうできる位なら、とっくにそうしている。 …と心の中で毒づきながら。 「ま、そうもいかんのが恋ちゅうもんやな。うちもつき合うたるからもっと飲もか?」 そう言いカルディナは、追加の酒をフェリオのグラスに注ぎ、自分の酒を飲み干した。 「え…と…?」 目を開けると、見慣れない天井が目に写った。 ぼんやりした意識のまま、辺りを見回すが場所が特定出来ない。 虚ろな気分で身体を起こそうとすると、頭痛がした。 「痛…っ…。?」 頭を抑えたまま呻く。 「目覚めたか?」 声がした。 そして、声のする方に顔を向けると、カルディナの笑顔が見えた。 「ホンマに、突然寝るんやな。驚いたで。」 「あ?ああ。許容量を超えてたんだな…此処は…。」 「うちの部屋や。なんぼ揺すっても起きひんから、店長に頼んで運んでもろた。」 「悪い…なんかまだ、頭がぐらぐらする。」 クスクスと笑い声がした。…と、ベッドが軋む。気付くとカルディナがフェリオの上に身体を預けていた。笑顔が見下ろす。 「お、おい…カルディナ。」 焦るフェリオに対し、彼女は落ち着いたもの。 「まあまあ、人の重みは心地ええんよ。うちは大好きや。好きな男と抱きおうてるとその重みだけで心地いい思う。 フェリオは惚れた女を抱いた事ないんか?」 フェリオは、首を縦に振った。そうすると、再び頭痛がして額に手をやり、瞼を閉じた。「…こんな近くに寄った事もない。」 へえという声とともに、カルディナの顔が近付く。 「もう一度うちと飲み直さん?」 目を見開いたフェリオに囁いた。「もちろん、こういう意味やで。」 カルディナの唇がフェリオのものに重なる。柔らかな彼女の胸が胸板に押しつけられて、細く引き締まった足が絡められる。 身体は反応した、けれど心が動かない。 フェリオは苦笑しながら、カルディナの肩を押し返した。 「ごめん。」 クスリとカルディナが笑って身体を起こす。 「なんや、そないにうちは魅力ないか?」 「いいや…カルディナは綺麗だ。」 フェリオの上で頬杖を付きながら見下ろす彼女に、素直に話せる自分に驚いた。きっとお酒のせいだろう、そう思う事にする。 「でも、俺は心も身体も欲しいんだ。カルディナは俺に心はくれないだろ?」 「そやな。うちはラファーガのもんやから。」 猫のような仕草で、フェリオの上から降りると酔い覚ましに水でも持ってくると部屋を出て行った。 再び意識が戻ってしまえば、考える事はひとつだけだった。 ベッドに横になったまま、耳のリングに手を伸ばす。 欲しいのだ。 金の髪が細い肢体が…そして自分に向けられる柔らかな笑顔が。その心が、つまり…彼女の全てが。 隣に彼女がいる時には、触れ合う指先ですら、幸せを感じるといくのに…離れていると手に入らないものに心が締め付けられる。 恋とは、なんて矛盾だらけなのだろうか。 「ちょーまちっ!」 部屋の外から聞こえる喧噪と共に扉が開く。 戸口には、金髪の大男が立っていた。黒衣を身に纏った男はフェリオを睨み付ける。ぞっとする悪意にフェリオが身構えるよりも早く喉元に剣がつきつけられた。酔いがいっきに覚める。 「…ここで何をしていた…。」 低い声も怒りを露わにしていた。 剣を抜刀するところさえ確認出来なかった腕前を持ってすれば、自分が精獣を呼ぶよりも早くその剣は自分を貫くだろうとフェリオは思った。 「あんた…ラファーガか?」 そう言うと、男は剣を上に向ける。刃先が喉にあてられた。ひやりとした感覚に、背中に汗が流れる。 「……カルディナと何をしていた。」 「な…!?」 何もしていない。けれど、その剣士の目はどんな答えを返しても、自分をただでは帰すつもりなどないと言っていた。 フェリオは動けない。ラファーガは動かない。そんな一触即発の状況はふいに崩れた。 何かの気配がして、ラファーガの首が斜めに動く。フェリオも咄嗟に身体をずらした。 かなり盛大な音がして、ラファーガの後ろ頭に向けて投げられたのであろう水差しが床で割れた。 「カルディナ…。」 吃驚して目を見開いたフェリオの瞳に般若の形相でラファーガを睨み付けるカルディナが写る。 ラファーガは剣を降ろすと、彼女の方を向いた。 細い腰に手を当ててカルディナはゆっくりとラファーガに近付くと、男の頬を平手で打った。 「いままでうちを放っておいて、何さらしとんの!? あんたのすべき事はその兄ちゃんに嫉妬することやのうて、うちを抱き締めて愛することやないんか。えぇ!?」 そして彼女は、両手を男の前に差し出した。 「はよう!」 即されてラファーガは、カルディナを抱き締めた。ぎゅっとカルディナが男を抱き締め返す。 「うちを放ってどこいってるんよ。このどアホ!」 「悪かった。」 「謝って済むおもたら大間違いや。きっちりこの落とし前付けてもらうよって覚悟しときいや。」 涙に濡れた頬を自分のモノにすり寄せる彼女を両手で抱き上げて口付けを交わす。それは徐々に深いものに変わっていった。 フェリオもあっけに取られて見ていたが、はっと我にかえる。慌ててテーブルにのっていた自分の上着を取って立ち上がった。 黙って部屋を出て行こうとしたフェリオに、ラファーガが声を掛けてくる。 「すまないな。」 元々生真面目な性格なのだろう、ばつの悪そうな顔でフェリオを見ていた。フェリオも困った顔で頭を掻く。 「いいや、女の部屋に上がり込んだ俺が悪かったんだ。修業が足りない若造だと思って勘弁してくれ。」 項を垂れる二人を気にもせずカルディナがフェリオの名を呼んだ。 「あんた良い男やわ。ラファーガに惚れてへんかったら、あんたに惚れてたかもしれへん。」 隣で口をへにする剣士を見ながら、フェリオは苦笑いを浮かべた。それを見やってカルディナは綺麗に微笑んだ。 「だから、頑張りいや。」 カルディナの明るい声に手を振り、フェリオは外へ出た。 大きな月が照らす町並みには人影はまばら。 歩きながら、意外とすっきりした気分になっている事を感じて、笑みを浮かべる。どうしようもない憔悴感が和らいでいた。 なんだか少し分かったような気がしたのだ。 どんなに色々考えていても、彼女に合った途端全ては帳消しになるのだ。さっきのカルディナとラファーガの様に。 そして、それが恋の真実のひとつなのだろうと。 〜fin
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