友達と恋人の境界線 ver ferio 『俺のフウに何をする!』 思わず言いかけて、口をつぐんだ。口はつぐんだが………手が出た。 まったく、我ながら我慢が足りない。 自室に帰って異世界の服を隠すと、側にあった椅子をずるずるとひっぱってきて腰を下ろす。異世界の間を行き来するには、想像を絶する魔力を消費する。 今こうしていても、すぐに眠気が押し寄せてくる。 しかし、眠る気になれなかったのは自分の莫迦さ加減のせい。椅子に背中を預けて、仰け反るようにしながら天井を仰ぎ見る。 脅えたような彼女の表情に『しまった』と感じた時は遅かった。 また、風にあの時の戦いを思い出させてしまったのだろうか? 年月が彼女から記憶を薄れさせてくれたとしても、自分の罪が帳消しになるものではないだろう。時折彼女が見せる戸惑うような表情は、そういう事なのだろうとフェリオは理解していた。 顔の上に手を置いて、あ〜あと嘆く。 「おまけに『俺のフウ』って…なんの冗談だよ…。告白すらしてないってのに…。」 男が彼女に触れた途端、理性が飛んだ。 風に悲鳴をあげさせただけで万死に値する…それ位の思いが自分の内にあることは知っていた。彼女と会うことが出来なかった歳月を経た今でもその思いは変わらない。 ……それどころか会う度に、俺は風に恋をしている。何度も…そう何度も。 「…好きだ。」 何て簡単で、何て重い言葉だ。 フェリオは瞼を閉じる。すっと吸い込まれるように再び睡魔が襲った。 何度となくドアを叩く音で目が覚めた。 「フェリオ様!」 薄ぼんやりとした意識は、直ぐには目覚めずうつろな気分でそちらを見る。 「小競り合いが起きていると伝令が入っております。」 おそらくは何度目かの報告を聞いて、フェリオの思考はやっと回転し始める。 「小競り合い?」 フェリオの返事に、一瞬間を置きホッとしたような声が帰ってきた。 「お休みのところ申し訳ありません。」 「いや、それはいい。小競り合いとは何処と何処だ?」 兵士はいままで幾度となく衝突を繰り返している二つの村の名前を口にした。先だっては、復興した水源を巡って争い事を起こしたばかりの場所。 流行病が出たと言ってはもめ、精獣が暴れたと言ってはもめる。 「…あそこか…。」 業を煮やした(というか切れた)フェリオが魔神を使って黙らせた場所だった。 その後、クレフにエメロード姫の前でたっぷり叱られた彼にとっては面白くない場所でもあったが、そこの長老達は妙に自分を気に入っているとも聞く。 「色々と手を尽くしましたが、他の術者の方々では手に負えず…フェリオ様にと…。」 「わかった。仕度をしたらすぐ出立する。」 フェリオは、服を脱ぎ捨てると着替えを手にとった。 エントランスに出ると、先ほど自分に報告に来ていたであろう兵士ともう一人。 「エメロード姫…。」 フェリオの顔を見ると困ったような笑顔を見せた。 「異世界から戻ったばかりなのに申し訳ありません。」 フェリオの表情がギョッと強張る。 口元に手をやり、しかしエメロード姫は笑みを崩さない。 「ごめんなさい。余計な事を言ってしまいましたわね。大丈夫です。クレフは気付いてはいませんわ。」 にっこりと笑う。 「貴方の魔力も強くなってきていてるのと、この子が上手に隠していてくれていますわ。」 エメロードが、左手を空に差し出すと、フェリオの精獣がすっと止まる。 「しかし、姫には…。」 「私は精霊の長ですもの。わかってしまいますわ。」 戸惑った表情のまま立ち尽くすフェリオに再度エメロードは微笑みかけた。 「咎めているわけではありません。少し…羨ましいと感じてはいますけれど。」 「姫?」 「私の恋は、まるで残り火がいつまでも燻っているようなものでしたから。…ああ、引き止めてしまいましたわね。」 エメロードは手をフェリオの方に向ける。飛び立った精獣はエントランスの前で飛行形態へと集束していく。 「どうも、貴方でなくては止められないようですわ。よろしくお願い致します。」 切り立った崖の間から湧き出た水を湛えた大きな月を映し出す泉。 音もなく水を揺らすそれをはさんで、二つの村人たちが睨み合っている。皆、手には武器を持ち、なごやかに集会をしている雰囲気ではない。 双方の間にはおろおろとしている城の術者達の姿。…と、大きな精獣の影が空を覆った。 次の瞬間崖の上から声がする。 「お前達、俺を寝不足にするつもりか?。」 両手を胸の前で組み、冷ややかに見下すフェリオの姿。 『殺気だって』とも取れる村人の姿も、寝不足のうえにエメロード姫に異世界行きがばれ不機嫌この上ないフェリオにはなんの意味も持ちはしなかった。 「この間あれだけの諍いを起こしておいて、まだ足りないとでも言うつもりか?」 説得というよりは、既にけんか腰になっているフェリオに術者達は言葉もない。すっと掲げた彼の手に現れた二体の精獣は、二つの村の長老に向かって飛び掛った。 「フェリオ様!」 さすがの術者も声を上げる。ピタリと顔面で止まった精獣を見やって、フェリオはふんと鼻を鳴らした。 「心配しなくても、そこまではしない。」 面白くもなさそうにそう言うと、二つの村人の間に降り立つ。片方の長老がフェリオの顔を見ると堰を切ったように話し出した。 「お待ちしておりました精獣使い様!」 「…俺は待ってない…。」 あくまでも不機嫌そのもののフェリオに一人の若者が失笑した。 「随分な偉業をなされた精獣使い殿と伺ったが、ただの乱暴者だな。」 明らかに挑発とわかる言い草にフェリオは目を細める。 「失礼だぞ!きさま!」 術者の諌める言葉をフェリオは手で遮った。その若者と向き合う。 「俺はこんな深夜に呼び出されて普通に不機嫌なんだが?呼び出した理由も言わないつもりか?」 グッと顔を顰めた若者に代わり、長老達が一斉に話出した。 「お前達はひっこんでいろ!そんなだからお前らの村の者など信用できんのじゃ!」 「きさまらにそれを言われるのは心外じゃ!そもそも、色香を使ったのはそちらの者じゃろう!!」 「煩い!」 人々を一喝したフェリオは、再度若者の方を向いた。 「…お前が一番的確に理由を知っていそうだな。聞かせろ。」 「…な…。」 まさか、自分の方を指名すると思ってもいなかったのだろう驚愕したまま動かない。 今度はフェリオが挑発するように口角を上げた。 「俺の悪口は言えても、説明のひとつも出来ないのか?」 「なっ…そもそもこれは、俺達の村だけの問題だ!アンタがしゃしゃり出てくるから余計な問題が起こったことを知らないだろう!!少しばかり長老どもが気に入っているからと言って俺はあんたを認めたわけじゃない。」 「俺も、お前の事なんか知らないぜ。」 フェリオは呆れたようにそう言い、そのいきり立つ若者の顔をまじまじ見つめた。 真剣そのものの顔は、嘘は言っていない。 「もう少し詳しく言ってくれ。お前達は何で争ってる?それもこんな真夜中に、こんな泉の前で?」 「申し訳ありません。それは私が…。」 若者の横にいた少女が、そう声を上げる。 「私がこの方とここでお会いしていたからなんです。」 少女の亜麻色の髪がフウを思わせて、フェリオは一瞬目を奪われる。 見れば似ても似つかないのに…だ。 自分の心はこんなにも彼女に囚われているのかと思うと笑いが漏れた。人々に気付かれないようにフェリオは口元を手で隠す。 「…あの…。」 ためらいがちな少女の声。自分の発言にフェリオが不快になったとでも思ったのだろう、少女はそのまま黙りこみ、隣にいた若者の表情は険しくなる。 二人の様子にフェリオは思うところがあった。 なるほど、これだけでもだいたいの状況は読めるというものだ。 さてと思い直して、努めて笑みを浮かべて少女の方を向く。 前に風に言われたものだ『難しい顔をなさっていらしゃるより、笑っていらっしゃる方が女性の方には好まれますわ。』 …しかし、お前以外の女性の方に好まれても今の俺にはあまり意味を持たないけどな…。 「すまない…続けてくれ。」 表情を緩めたフェリオに安心したように少女は話し始める。 「此処を二つの村で使うようになって、こちらの方と度々お顔を会わせるようになりました。水汲みをしているとお手伝いいただいたり、魔獣を追い払っていただいたりしたものですから、何かお礼をと思って…でも、未だに昼間に堂々とお会いする程私達の村とそちらの村の方々が仲が良いわけでもなく…それでこんな夜に…。」 「デートを申し込んだ…と。」 「デート?」 不思議そうに聞き返され、フェリオはこれが異世界の言葉であることに気がつく。 「いや、遠い国の言葉だ。逢い引き…という意味だな。」 「逢い引きだなんて…私そんなつもりでは…。」 真っ赤になって否定の言葉を繰り返す少女に罪は無いし、その横で頬を赤くする若者にもまた罪はないだろう。 「私はただ、これをお渡ししようと…。」 少女に手には綺麗な箱に入れられた、多分彼女の手作りだろうお菓子が見える。それを見つかり、双方の反感を買ったというところか…。フェリオは大きく溜息を付いた。 「二つの村の者同士が仲良くする位いいじゃあないか。揉め事を起こされるよりも、俺は大歓迎だ。長老達も考えを改めればいいだろ?どうせ助けあってやっていかざるを得ない。」 「しかし、娘は出来れば貴方様に嫁がせたいと思っておりましたのに、こんな男にたぶらかされおって!」 「なんだって!?」 片方の長老の爆弾発言に、フェリオはやっとエメロード姫の言葉に納得がいく。 『どうも、貴方でなくては止められないようですわ』 「お父様それは、お父様が勝手にお決めになったことです。」 少女の声を遮るように、対立する村の長老も声を上げた。 「こちらにも、器量の良い娘はいる。きさま達ただ城に取り入ろうとしているだけだろう!」 「きさまはそうかもしれんが、私は娘を託すならこの方をと見込んでの事だ!」 「精獣使い殿に傾倒しているのは、きさまだけではないわ!」 どん! フェリオの隣にいた若者と少女は、驚愕の眼差しで彼を見つめていた。 話の渦中にいる精獣使いは拳を崖に叩き付けたまま。俯いて顔を上げない。 しかし、その横顔が悲しそうに見えて、少女は眉を顰めた。先程まで強い光を称えていた琥珀の瞳が揺れていて、唇を微かにかみ締められている。 「…やめてくれないか…。俺は彼女を娶るつもりはない。」 少しだけ声が震えた。 「それは、もちろん正妻でなどと大それたことは思ってはおりません。ただ…。」 「なんであろうとも…だ!」 村長の言葉を遮り、フェリオの語意は強くなる。 なんでかな…。本人にも伝えた事も無い思いをこんな奴らに話さないといけないんだろうな。 そう感じたって、まぁとりあえず罪は無いだろう。 フェリオは溜息を付いて顔を上げた。 少しだけ困った顔をしながら、彼の目は人々を真っ直ぐ見つめる。 「すまん…怒ってるわけじゃない…。けれど、俺の心は、一人の女に留められている。誰も変わる事は出来ない。」 何度かの諍いの中で、この二つの村の長老が実直と嘘のない人物である事はわかっていた。自分達の村を強く思う故に争いが起きる…それも感じていた。きっと、本当に自分の気持ちを伝えないと引き下がってはくれないだろう。 適当にあしらう術は、フェリオには浮かばなかった。 「…その方とは、もう婚姻のお約束を…。」 「嫌、伝えてもいない。それでも俺の気持ちは揺るがないだろう。悪いが、今後このような話は無しにしてくれないか?」 寂しそうに微笑むフェリオに、長老達は深く頭を下げる。 「こちらの先走りで大変ご迷惑をお掛け致しました。」 それでも少しはゴネるかと思っていたのだが、あまりにもあっさりと引き下がった長老達に、フェリオ自身も驚いた顔になる。 「…いや…助かる…が?」 側にいた少女がフェリオを見上げた。 「精獣使い様は、本当にその方がお好きなんですね。」 「え…?」 「そうでなければ、こんな話が出た時に悲しそうな顔をなさるはずがないですわ。」 そう言うと少女は深く頭を下げる。 「私達の為に大変失礼なことまでお聞きしてしまって…申し訳ありません。」 そのまま、村人達にも頭を下げられ、フェリオも困ったような頭を掻いた。とりあえず自分も不機嫌だった事もあり、対応に問題が無かったとは言いかねるのだから。 所作なく視線を泳がせていると、若者と目があう。若者もばつが悪そうにフェリオを見た。 何か言いやそうに口を開けて、しかしふいと横を向く。 それを見ていた少女が、若者の腕をギュッと握った。 「駄目ですよ。貴方も精獣使い様に失礼をしたのですから、謝っていただかないと。」 そう言うと、可愛らしい顔を少しだけきつくして若者を見つめた。 即されるように謝罪の言葉を口にした若者をフェリオはしばらく眺めていたが、クスリと笑う。 若者は再びムッとした表情でフェリオを睨んだ。 「いや…すまない…えっと。」 フェリオは、ちょいちょいと若者を手で呼ぶ。嫌な顔をしながら若者が近付くと頭を押さえ込んで誰にも聞こえないうように若者にだけ話掛けた。 「しっかりした娘じゃない…尻にしかれないように気を付けろよ。」 真っ赤な顔になりながら『余計なお世話だ。』と返事が返りこう続いた。 「城なんぞに住んでる奴らは、好き放題相手が選べるんじゃないのか?いつまでその女が好きだなんて言っていられるものだかな。」 「あいつに変わるものなんかいないよ。」 大真面目にフェリオは答えた。 「なんたって、俺が惚れているのは異世界の女神だからな。」 その答えを聞くと、若者は目を丸くしてから笑い出す。フェリオも一緒になって笑うと、今度は村人達の目が丸くなった。 「面白い男だな…あんたは。」 若者はそう言うとしげしげとフェリオを眺めた。 「なんだ、惚れるなよ?。」 にやりと笑って返した答えに、若者は吹きだした。そしてこう続ける。 「あんたみたいな面白い奴がいるのなら、長老どもが言うように城に仕えても損はなさそうだ。」 とりあえず双方の長老と常駐の術者たちに指示を出してから、フェリオは少女と若者のところへ足を向ける。 二人はなにか話し込んでいた。 聞くとは無しに、フェリオは二人の会話に耳を傾ける。 「すっかり、ご迷惑をかけてしまいました。」 そう言うと少女は手にした籠を若者の胸高まで持ち上げて、差し出した。 「貴方のために作ったものですから、貰っていただけませんか?」 「…ありがと…。」 若者は頬を赤らめそれを受けとろうと、手を伸ばした。指先が彼女の手に触れ、驚いた彼女は思わず手を離してしまう。籠は宙に舞った。 咄嗟に伸ばした手の間をすり抜けるようにして落ちていく籠を、横から飛んだ精獣が銜えると若者の横に並び、そのまま頭を持ち上げた。若者は精獣の方を振り返り、自分を見ていたフェリオと目を合わせた。 「お前も精獣使いなのか?」 「ああ。」 中型の犬に似た精獣は、若者の手に頭を擦り付ける。 「たいした魔力を持ってるわけじゃないが、セフィーロの安定に協力出来ればと思ってな。」 そしてチラリと少女の方を向くと、頬を赤らめた。 「好きな奴が少しでも幸せに暮らしていけたらいいな。」 「…だな。」 フェリオもそう言うと微笑んだ。 自分の姿を見つけると、彼女は少しだけ目を細めてから柔らかく微笑む。 風が吹くと頬に手を当てて、柔らかな巻き毛がその指からすり抜けていく。 今日彼女が見せた怯えたような表情が浮かんで、フェリオはふうと溜息を付く。 「なんだ?」 「…いや…女神様のご機嫌を損ねた気がする…。」 若者は肘でフェリオの肩を叩いた。 「痛いな…何だよ。」 「気になるなら、会いに行ったらどうだ、フェリオ殿?」 精獣の頭を撫でながら、若者は笑った。 『余計なお世話だ。』 と今度はフェリオが唸った。若者がしてやったりと笑う。 「まったく、あなたって方は。」 二人の様子を見ていた少女が、若者の側に寄って腕をギュッと握った。 「精獣使い様をからかうなんて、いけない方です。」 そう言うと頬を膨らませた。 「からかうって…いや俺は…痛いって…。」 困ったように顔を歪める若者の腕を少女はなおも握る。 二人の様子を見ながら、今度はフェリオが笑った。 「喧嘩はやめとけ。こいつが困っている。」 若者の精獣が少女の側をうろうろしながら耳を垂らしている。 フェリオは、その精獣の横に跪くと頭を撫でた。 「本当なら、主に危害を加えるものを攻撃しなければならないが、お前自身が愛しいと感じているものを攻撃出来ずに戸惑っているぞ。」 自分の言葉に二人の頬が赤く染まるのを眺めて、フェリオは微笑んだ。 未だに荒廃したセフィーロで、幸せに生きていく事は辛い。それでも、意地を持って、誇りを持ってこの二人は愛し合っていけるのだろう。 好きあうというのはそういう事だろうと思う。一方的な想いで繋がるものじゃない。 押し付けたくは無かった。 自分の気持ちだけを一方的に彼女に伝えて、答えを引き出すのなら。 あの戦いと何処が違うというのだろうか。 勿論『見ているだけでいい』とか、『友達のままでも側にいたい』という気は全くない…のは随分と図々しいだろうか? 「精獣使い様」 頬を染めて、若者の肩口に寄り添うように並びながら少女がフェリオを呼んだ。 「どうした?」 顔を上げると、不思議そうに二人を見つめる。隣できょんと精獣も二人を見ていた。 「もしも…だ。俺達が、連れ添うと言ったら、あんたはその式に出席してくれるか?」 余りに唐突な申し出にフェリオは目を見開く。 何度か瞬きを繰り返してから、やっと内容を理解したように笑った。 「構わない。」 「じゃあ、約束したぞ。そのときは、女神の祝福を受けられるよにしてくれよ。」 若者の言葉にフェリオは言葉を失う。 「女神?なんのことですか?」 黙り込んだフェリオを見て少女が問い掛ける。若者は得意気な笑顔を見せてこう言う。 「祝いだよ。きっと精獣使い殿は、俺達に与えてくれるさ。」 『結婚するときには、お前も彼女を連れて来い』 挑発ともとれる言葉に、フェリオは顔を顰めたまま。どういうつもりだとその瞳が若者を睨んだ。ふっと若者が笑う。 「…とはいえ、まだまだ、先の事だ。村同士のつき合いは始まったばかりで、問題はこれまで以上に次々と出てくるだろう。それを解決しない限り、俺は彼女と同じ場所に立つことは叶わない。けれど、諦めるつもりはない…だろ?」 フェリオは彼の言葉に頷いた。『あぁ』と思う。 彼は自分と同じだと言ってくれているのだ。 様々な問題を抱えた自分の想いに、共に立ち向かって行こうと。 「わかった。直ぐにでも女神に会いにいく。」 笑みを浮かべたフェリオの様子に、若者も笑う。 「早くしないと、案外早めに決めてしまうかもしれないぜ?」 「お前こそ、折角女神を口説いても、祝福をする相手がいなくならないように気をつけろよ。」 お互いに挑発的に言い合い、笑みを浮かべた。 好きなのだ。 譲れない。たとえ今、直接告げる事は出来なくても変わることのない想い。 「ありがとう。俺も決心がついたよ。」 そう言ってフェリオは柔らかな笑みを浮かべた。 「俺は今日休暇を取る。」 夜が明けてから城に戻ったフェリオは、執務官を掴まえるとそう言い放った。同時に執務官が目を剥く。 「や、その、しかし、フェリオ様…。」 山積みの仕事を前にして、なんとか説得を試みる彼に、フェリオは腕組みをしたままぷいとそっぽを向いた。 『聞く耳を持たない』そんな子供じみた様子の彼に、執務官はなおも食い下がろうとする。 しかし、フェリオも不機嫌そのものの表情をみせた。 「俺は昨日も眠ってないんだぞ。一日くらいベッドに潜ってたっていいだろう?」 「…。」 フェリオの言うことは尤もで、彼が休みを取るなどと言い出す事自体は酷く珍しい。本来なら喜んで休んでもらいたいくらいなのだ。しかし、あまりに急な事なので、視察等の予定がぎっしりと入っている。 執務官は暫く考え込んでいたが、諦めたように首を縦に振った。 フェリオの表情が、パッと明るくなると執務官も多少は困った表情ではあったが、笑顔に戻った。 「言い出したらお聞きにならないのは、全くお変わりになりませんな。」 溜息混じりの呟きに、フェリオも表情を改めた。 「悪い、感謝しているよ。」 「その変わり、きちんと身体をお休めになって下さいよ。聞いていらっしゃいますか!? 息抜きをなさるのは一向にかまいませんが…!」 「わかった!寝てたら起こさないように皆に言っといてくれ!」 バタバタと走り去る後ろ姿は本当に楽しいものを見つけた子供のようで、見ていた兵士達も笑いを漏らした。執務官も苦笑する。 「あれだけの業績をなさった方とは、とても思えませんね。」 「恐らくはだが…。」 執務官は兵士の方を向くとその時だけ真面目な表情でこう続けた。 「あの方はしなやかで強い方なのだろうと、私は思うよ。」 自室に戻ると、急いで異世界の服に着替える。 気休めにしかならないが、ベッドに詰め物をして眠っているように見せかけた。 「…クレフに気付かれたら一発だけどな…。」 小さく呟いて顔を上げると、壁に掛かる鏡に写る自分の顔。 彼女に貰ったリングが揺れた。 どんな理由を付けても会えると思っただけで、心が弾む自分は単純なのかもしれない。フェリオはそう思い苦笑いを浮かべる。 すっと、手を伸ばすと精獣が姿を現した。 「頼んだぞ。」 フェリオはそう言い、精獣の力を解き放った。 クレフと話しをしていたエメロードが、ふと顔を上げた。 「どうなさいましたか?」 クレフがそう尋ねると、クスリと笑う。 「今日は、フェリオを見ませんね。」 「執務官の話しですと、急に休暇をとったそうです。人の上に立つ立場だと言うのに我が儘が過ぎる。」 少々立腹気味のクレフにエメロードは微笑みかけた。 「良いではないですか、クレフ。貴方も休みが必要だと思いますよ。行きたいところとか、逢いたい方はいらっしゃらないのですか?」 一瞬答えに詰まったクレフに、エメロードは優しい笑みを見せたまま、立ち上がった。 「姫?」 「私達も休憩にしましょう。お茶を入れますね。」 そうして、窓から外を見上げる。 珍しく晴れ渡った空がセフィーロの上を覆っていた。 椅子に座る風の様子は、普段とは少し違って見えた。 困ったような表情だったり、頬を染めてみたり。可愛らしい事には変わりないが、今まで見た事の無い表情は、今日は少し不安を覚えた。 フェリオは軽く深呼吸。まずは、一歩から。 彼女と向かい合わなければ何も進みはしないのだから。 そうして、ゆるやかに足を踏み出した。 〜fin
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