彼と初めて出会ったのはいつだっただろうか。そんなたわいのない会話をしていた。月を雲に隠した宙。灯りのついていない部屋。
 会話を交わしていれば、自分の認識と彼の認識にズレがあるのを感じる。
  尋ねれば、フェリオは悪戯な笑みを浮かべて答えようとはしなかった。
「意地悪ですわね。」
 私の言葉には、困った表情で眉を寄せる。
「だってさ…。」
 仰け反った拍子にギイと大きな音を立てて椅子が軋み、私は少し驚いた。ビクリと肩を揺らせば、彼の表情はもっと困ったものに変わった。

「悪い、趣味悪いとこに呼び出したよな?」

 私は慌てて首を横に振る。吸血鬼である自分が、暗闇など怖がる訳がない。
ただ、今宵がハロウィンで、普段とても静かな大学の構内がとても賑やかであることが私を過敏にさせているだけ。この部屋のような漆黒の闇は、そもそも私の居場所で、人間であるフェリオの瞳の方が余程見えづらく不自由なものであるはずだ。

「いいえ、来たいと申し上げたのは私ですわ。」

 にこりと、彼に見えるかどうかわからなかったが微笑んで見せた。フェリオが頬を赤らめたのがわかって、その程度なら見える事が知れる。
「サークルでハロウィンパーティをするって呼び出されて、そろそろ風が来るのがわかってたんだけど、断りきれなくってさ…。」
「ええ、ですから、来たいと申し上げたのは私ですから。」
 血を啜りたいという本能に駆られた瞬間、フェリオの瞳が揺れるのが見えた。
私は、血を貪る時にどんな表情をしているのか知らない。邪な悪霊である自身は真実を写す鏡に己を映す事が出来ないのだ。
 ふいに、フェリオの指先が頬を掠めた。
「そんな顔しないでくれ。お前が怖い訳じゃないんだ。」
 引き寄せられた唇に、暖かなものが重ねられる。

「…あの、怒るなよ?」

 ふいに告げられた言葉には、疑問符が浮かんだ。

「俺を欲しがる時のお前が、凄く艶っぽいんだ。」

 だから、疼くんだとフェリオは告げて、私を抱きしめる。
心地よい体温に、私は酔った。本能である血を啜る事さえ忘れて。
 クスリと含んだ笑みが耳元で鳴った。

「どうした?飲まないんだったら、俺が先に食べてしまうぞ。」
 構わないというつもりで、フェリオの肩口に頭を埋めた。喧騒はどこか遠くに聞こえて、安心とやすらぎだけが胸の中にあった。
 彼と出会うまで知らなかった感情。出会いがあるように、別れが訪れる事など知らないはずもない。
 それでも私は、彼を抱きしめ受け入れる。彼の血に生かされながら。



いつか来るその日がせめてできるだけ先になるよう





お題配布:確かに恋だった


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