(パラレルです。我ながら凄まじい捏造なので注意です。) 優しい世界と冷たいヒト 上着を脱いで保健室のベッドに投げた。 下に着ていた白いシャツは肩口を中心に赤く染まり、腹部にかけて点々と丸い染みが並ぶ。冗談にはならなかったが、人でも殺してきたようだとフェリオは思う。 シャツの方は血で張り付き、無理に引っ張ればまた傷口が開きそうだったので脱ぐのは諦めた。釦を外して、アスコットが濡らしてきたタオルで隙間から腕や腹部の血を拭き取る。血を吸ったタオルはすぐに真っ赤に染まった。 「学校には入れるなんて不思議だよね。誰もいないけど。」 「そうだな。全く、どうなってるんだか。」 ふたりの口から同時に出るのは盛大な溜息。ベッドに腰掛けたアスコットは、横にあったフェリオの制服を手に取った。 「酷いね、これ。」 制服の肩に空いた穴から指を出し入れさせる。フェリオはアスコットを睨み付けた。 「広がるから、やめろ。」 「広がるとか言う問題じゃないよね、これは。」 ぐるりと穴に指を沿わせると、裂けていると言った方が相応しい大きさだ。あちこち破れているし、母親はきっと怒るだろう。考えただけでも憂鬱だ。 左手のグローブは血を拭き取れば、球体が蛍光灯に鈍く光る。アスコットやランティスのものが鮮やかに発光していたのを思うと、不満が口を付いた。 「俺のはきっと不良品だ。」 途端、スッと脇から手が差し入れられる。 え?と振り返れば、笑顔のイーグルが背後から腕を回していた。嫌な予感に引っ込めようとした腕は、ぐいっと左手首を掴まれ天井に向かって伸ばされる。 筋肉によって引っ張られた左肩に激痛が走った。 「…いた、おい、イーグル…なんの真似…!」 「壊れてなんていませんよ。こう手を上げて頂いて、僕に続いて言ってください。癒しの…」 「いやし、の」 何気なしに続け、ハッと気付く。 「癒しのか、ぜぇ!?」 最後は呪文としてかなり怪しいものだったが、ふわりと渦巻く風が取り巻いた後には怪我が全て消えていた。 凄い!とアスコットが叫ぶ。 「待て、待て、待て、ひょっとして俺は回復キャラなのか!?だから、武器が出てこないって事か!?おい、嘘だろ、イーグル!?」 「でも、回復しちゃいましたね。」 んふ。と笑顔で言いきられ、絶句する。 RPGで三人パーティの場合、一人が戦士、一人が魔導師、残るキャラは回復役だ。必要な存在なのは認めるが、性格的に合わない。そして合わない以前に防御も出来ないから、ランティスやアスコットに守られていろというのか。 こうなってくると、男としての自尊心の問題だ。 背中に影を背負い、俯いたままブツブツと何事かを呟きつづけるフェリオにアスコットは掛ける言葉を探した。身体の傷は治ったが、心の傷が深まったというところだろう。 「ねぇ、フェリオが落ち込んじゃったよ…?。」 「仕方ありませんよ。お姫様みたいに…いえいえ王子様みたいに守ってあげてくださいね。」 「おうじ、さま…?」 思わず復唱したアスコットも、複雑怪奇な気分に黙り込む。 「イーグル、二人をからかうのはやめろ。」 スポーツバッグを片手にランティスが保健室に入ってくる。中に手を突っ込み、掻き回した後、袋に入ったままのシャツをフェリオに投げた。 「着替えだ。上着はともかく、そのシャツは換えろ。」 ふいにいなくなったと思っていたが、これを探しに行っていたのかとフェリオは礼を言う。値札が付いたままのシャツを広げれば、イーグルがあっと声を上げた。 「それ、僕のTシャツじゃないですか!」 「他に見当たらなかった。」 「ランティス。貴方は私が気に入ってるのを知っててするんですね、明らかな虐めですよ、これは。」 うんうんと首を振るイーグルに同情する者はいない。フェリオもさっさとタグを取り、シャツを脱ぎ捨てるとそれを着替えた。サラリとした手触りのシャツに、生きた心地とやらを感じた気がした。 恨めしそうなイーグルの視線に、フェリオはムッとしたまま声を張る。 「部長はちっとも手伝う気がないようだけど、あっちはクレフとか言う奴がガンガン応援してたぜ。」 「導師クレフはあの子らが大切だからねぇ。」 くくっと口元に拳を当ててイーグルが笑う。 「大事だったら、こんな事させなきゃいいじゃないか。なんでこんな事しなくちゃいけないんだよ。おまけに俺は回復キャラだし。」 根に持ってるね。とアスコットが笑う。けれど、クスクスとイーグルは笑い続けた。笑いの合間に、違いますよと声を出す。 「武器が出てこないのは、貴方が本気じゃないからですよ。」 「そうか、真面目にやれ。」 イーグルの科白を聞き、ランティスがそう呟いた。しれっと言い放つ男には本気で殺意が芽生えそうな気がした。 「此処まで怪我させられて、真剣じゃないはずがないだろう。」 「でも治ったよね。」 「お前は混ぜっ返すな!」 矛先が向けられ、アスコットはランティスの影に逃げ込んだ。コマネズミの様に逃げ込んだ後輩を一瞥したのち、ランティスはふ、と天井を見る。 微かに揺れて、埃が舞った。 「…なんだ?」 低い地響きに似た震動と揺れが、断続的に校舎を揺らす。 それは除々に激しさを増す。 「校舎には結界が張ってありますが、入れないとしたら貴方ならどうしますか?ランティス。」 「…結界自体を破壊する。」 クスリとイーグルが笑う。 「どうやら、彼女達もそう考えたようですよ。」 3児の母さまよりいい男のそろい踏み(一部手のみ・笑) content/ next |