(パラレルです。我ながら凄まじい捏造なので注意です。)

優しい世界と冷たいヒト


 名前など知らない。
 毎朝同じ車両で会う。でも彼女は常に座席で読書をしてるから、始発の駅から乗ってきているのだろうとは思っていた。行き先も知っている。彼女の制服は都内でも有名な進学校のものだったから。
 肩にかかる亜麻色の髪、碧の瞳。眼鏡越しに見る顔立ちが酷く知的で、それでいて纏う雰囲気はいつも柔らかな感じを受けた。
 知っているのはそれだけ。それ以上でもそれ以下でもなく、乗り合わせるほんの僅かな時間が自分と彼女の接点だった。以前の自分なら、もう少し積極的にアプローチしたかもしれないが、今そんな気持ちにはなれなかった。
 季節は三月、彼女が年上ならばもう逢うこともないはずだ。ぼんやりとそん事を考えていた。

「こうしてお逢いするのは始めてですわね、フェリオさん。」

 なのに、にこりと微笑む彼女は、何故俺の名前を知っているのだろう。
これが(ゲーム)という事なのだろうか?

「私の名前は聞いてくださいませんの?」
 胸元に指先を当てて、小首を傾げる。
海、光と同じ服装。ブーツの色は翠でインナーの形状が釦ダウンになっていてる。
 胸元と裾がひとつずつ外された釦のせいで、動く度にチラチラと見える素肌から、フェリオは目を反らした。
「聞く義理もないだろ…。」
「つれない方、ですのね。」
 クスクスと嗤う。そして、両手を前で重ねて軽く頭を下げた。
「私、鳳凰寺風と申します。以後、お見知り置きを!」
 宣言するように高まった声に呼応し、フェリオは左脚で地を蹴る。風の指先から放たれる矢が一直線に道路に突き刺さるのを視線の先で捕らえた。
 彼女に逢う前に比べ、身体の動きが数段軽くなった事で手袋の何らかの作用が加わったのは感じた。けれど、フェリオの球体は『武器』と呼べるものを提供してくれない。不良品じゃないのかと憤り、舌打ちと共に身を建物の影に忍ばせる。
「逃げるのは、お上手ですのね。」
 辛辣な声が闇夜に響く。
 燗に障るが、此処で出ていけば相手の思うつぼ。狙い撃ちにされ、ハリネズミになるのがオチだ。かといって、このまま隠れていられる訳もない。
「電車でもそうですわ。私の姿が見えると貴方は別の車両へ行ってしまわれますもの。」
「なっ…!」
 風の言葉に絶句する。思わず出してしまった声を慌てて塞いだが後の祭り。
「見つけ、ましたわ。」
 頭上を越えていく風の右手がフェリオを捕らえていた。今度は逃げ場もなく、矢の攻撃をまともに喰らう。左肩は突き刺す痛みよりも、内部を焼く熱さが神経を貫く。海につけられた傷を猶もえぐる。
 悲鳴のような絶叫は抑えられない。

「フェリオ…!」
 異変に気付いた、アスコットが海を振り切り、風に標的を変えた。
「稲妻将来!」
 既に操れるまでになった稲妻を、風の頭上から落とす。しかし、そこには半透明の円が浮き、アスコットの魔法は、それに跳ね返されて彼自身を襲った。
 悲鳴を上げて地面に倒れこんだアスコットを見やって、フェリオが叫んだ。
「卑怯だぞ!三対三のゲームじゃないのか、これは!?」
 その円を作り出した人物、クレフに向かい更に声を張る。ぴくりとも動かないアスコットは意識を喪失しているようだ。動く事の出来ないアスコットに攻撃の矛先が向くのを防がなければならない。
 腕が使えないのなら、後は口だけだ。
 ふわりと、名前のように海やクレフの横に降り立つ風を追うように、フェリオは隠れていた場所から姿を見せる。黒い制服は、流れ出している血で赤黒く照っていた。上から押さえている指の間も、赤く染まっている。大きく上下する肩からも余裕は感じられないが、こうして身を晒す事しか今は方法が浮かばなかった。
 海と風そしてクレフを睨みつける。
「答えろ…!」 
「ハンデという事でよろしいではないですか?私達、か弱い女性ですから。」
 コロコロと手の甲を唇に当てて風が哂う。何処がか弱いんだかと、悪態をつきフェリオは余裕の笑みを装った。ドクドクと波打つ心臓と頭痛が連動する。
 本当は立っているものやっとだ。
「へえ、じゃあ女だって事で優遇されて勝つってのか、ざまあねえな。」
 挑発。
 風には恐らく通用しない。けれど、海ならば…そのフェリオの判断は的中する。ムッとした表情の海が、途端に喰って掛かってきた。
「なによ、その失礼な言い方!」
「本当の事じゃないか、イーグルは全く俺たちに加担してくれないぜ。」
「イーグルはイーグルの考えがあってやっている事だ。我等には関係ない。」
 一蹴するクレフに、フェリオは笑う。
「なんだよ。じゃあ、加担しなきゃ勝てないほど、そいつらは弱いって認めるんだな。自分が間違った駒を選んだって言ってる訳だしな。」
「私を馬鹿にするのならともかく、この娘達を馬鹿にするな!」
 振り上げた杖を、海は制した。「だめよ、クレフ。貴方が手を出したらフェリオの言葉を認めた事になっちゃうわ。」
 海は腰に手を当てて、左手を翳した。スウと生み出されるのはレイピア。細い剣先がフェリオに向けられる。
「だったら私と闘ってみなさいよ。そうしたら、貴方の言葉認めてあげるわ。」
 しかし、クスクスッと笑い。風は海に微笑みかける。
「その必要はありませんわ。あの方の怪我、どんなに偉そうな事をおっしゃっても、もう何も出来はしませんから。」
「そいつは、どうかな?」
「もう逃げることさえ、出来ないんじゃありませんの?」
 思わず見惚れてしまうほどの綺麗な表情に、フェリオは歯噛みするほどの憤りを感じる。見惚れてしまう自分とそれを浮かべる彼女に対してだ。
「…試して、みろよ。」
「はい。」
 誠に素直な返事をして、風は再び右手を滑らせる。弓矢だったはずの彼女の武器は、長剣へと姿を変えていた。長いグリップを両手で巧みに操り、刃先を向ける。沈みゆく赤い光に照らされた刃先が血塗られてみえれば背筋が震える。
 けれど、相も変わらず、役立たずの手袋は何もしてくれそうもない。なんだろう、この不公平感。
 だいたい、そもそもおかしいだろう。
 平和な一般市民が(殺せ)と言われて、躊躇いもなく相手の命を断てるものだろうか。自分自身に置き換えれば、とても無理な話だ。彼女達の、それこそゲームのように、笑いながら殺る事など出来そうもない。
 風の横顔を最後の陽光が照らす。
 月明かりの浮かばない空は漆黒の闇に落ちるところだった。入る事さえ出来ない建物の灯りが周囲を照らす、奇妙な夜。
 身動きしないアスコットは未だ気絶したままなのだろう。
 逃げ場はない。
 死んでしまえば痛みなど感じないはずだとフェリオは覚悟を決めた。左肩を庇っていた右腕をゆっくりと引き剥がす。べっとりとついた血粘が気持ち悪い上に、袖を伝ってボタボタッと血が滴る。
 カシッとヒールの音がして、風が地面を蹴るのが見えた。宙を舞う影は黒く不気味だったけれど、惑わす代物が見えない分フェリオにとっては最大の幸運だった。
 振り下ろされるタイミングを冷静に見計らい、ギリギリの範囲で身を交わす。風の動きを封じる為に手の上から両手でグリップを握った。振り払おうとする手を抑えつける為に力を込めれば、彼女の掌も血に染まる。
 ぬるりとした彼女の手は見るに耐えない。
 なのに横目で見る風の表情は、眉ひとつ歪めてはいなかった。唇には笑みさえ湛えている。
 ふいに浮かぶ想いは、悲しみに似ていた。

「風を離しなさい!!!」
 鋭い声と共に、風の身体が傾いだ。フェリオの視線上、海が手を翳しているのが見える。しまったと思った時は既に遅かった。
 先に喰らったばかりの海の魔法が広範囲に渡って放たれる。避けきれないと思った瞬間よく聞くフレーズが頭を過ぎった。

 ゲームオーバー

「座れ!」
「へ!?」
 迫力のある声で反射的に腰を落とせば、頭上を勢い良く何かが通り過ぎていく。風圧だけで、氷の欠片は海や風に向かって弾かれてはいたが、其処に彼女達の姿はない。
 つくづく狡いだろう、それ。
 背中越しに見えたランティスも不満顔だ。バットの様に振り上げた剣が忽然と消るのを見ても、もうフェリオには驚きはない。ただ、自分には出来ないという不満感だけだ。
 礼を告げるつもりで上げたフェリオの顔に、パラパラと何かが落ちてきた。降りかかったそれを指で摘み絶句する。
「…俺の髪ぃ!?」
 後頭部が斜めに禿げ上がる可能性があったのかと愕然としていれば、辛辣な声が降ってきた。
「それだけで済んだか。」
 助けて貰った恩も頭から吹っ飛び、罵ろうと立ち上がったフェリオは目標を失う。反対にしゃがみ込んだランティスが落ちていたアスコットを拾っていた。
 くたくたしている身体を上下左右に振っても目を覚まさない様子に、ランティスは何やら考え込む。
「あ、そいつ自分の魔法にやられて…。」
 などと状況説明をする間もなく、バチンと盛大な音が響いた。
地面に対し、直角に起きあがったアスコットが両手で顔を押さえながら叫ぶ。
「な、なに?何事!?なにが起こったの!?」
 大男の両手の平打ちで目を覚ましたアスコットには勿論同情するが、安堵の息がフェリオの口を付く。  そうして、じいっと此方を見ているランティスに気付き、フェリオは不機嫌な表情で彼を見た。 「何だよ?」 「…いや、遅くなってすまなかった。」
 視線が左肩に向いているのに気付き、フェリオは決まりが悪くなる。何故を問いただす事なく事情を飲み込むだけの器量がランティスにあり、そのことがフェリオに憧憬と悔しさの両方を感じさせる。
「フェリオ…痛くないの?」
 未だクラクラするらしいアスコットは、後頭部を押さえて覗き込む。肩の表面から内部へと刻まれた深い傷に顔を顰めた。
「痛いよ、そりゃ。でも、出血は止まってるみたいだ。」
 流れた血が制服の繊維に固まり、ガサガサと音を立てる。掌についた血も赤黒く乾いていた。
「手当しよう。」
 そう言い歩き出すランティスの後を追う。
「どこ行くつもりだ? 建物の中は入れないぞ。」
 アスコットと顔を見合わせてから告げた言葉に、ランティスは大丈夫だと返事をした。



  3児の母さまより 風ちゃん!!!vvv
 3児の母さまより フェリオさんvvv

 3児の母さまより 物騒なケーキ入刃だそうです(笑

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