※吸血鬼のフェリオと貴族令嬢の風ちゃん

終わらない恋になれ


 領主の屋敷は、華やかな音楽と料理とそして着飾った人々にまみれていた。
古い歴史を持つこの街はどこか埃くさい雰囲気もあったけれども、景気もよく賑やかな様子に見えた。
 だから、こっそりと手に入れた招待状で会場に紛れ込んだのだ。

 けれど…。

「不味い、不味いマズイ…!!!」

 フェリオの叫びにも、ランティスは不躾な視線を送るのみで反応はない。黒いタキシードを着こなした美丈夫は黙々と料理を口の中に片付け続けていた。
「何とか言えよ、お前一応俺の眷属だろ!」
「眷属になった覚えはないな。
 それに、お前は血を飲まずにはいらなれないのだから仕方なかろう。」
「うっさい。」
 ジロリと睨みつけたところで、何の効果もなく。フェリオはガクリと首を落とした。
 旨い血が欲しい。
 誘われたついでにと、飲んだ女の血は最悪だった。
 舌触りも喉ごしも最低で、おまけに妙な臭いまでする。今だって口の中が気色悪くてしようがない。
 行儀の悪い仕草で、袖で唇を拭うと、ランティスが含み笑いをしているのが見えた。

…コイツも最悪。

 ブツブツと隣りで文句を言い立てていれば、ボソリと呟く。
「…ゴチャゴチャ煩いと、日中炎天下に放り出す。」
「死ぬわ!!死んでるけど完全に消滅するだろが!!!」
 俺のような生粋の吸血鬼は、デイウォーカーと呼ばれる者達と違い陽に晒されただけで灰になって消えてしまう。
 夜に絶大な力を誇っても、太陽が支配する世界では唯の哀れな死体でしかない。
役立たずになる日中のいざという時の為に、従者と呼ばれる狼男を側に置いておくのが通常なのだ。
 でも…。
「俺がお前と行動するのは、お前が姉を俺は兄を捜す為だ。」
「…わかってる。」
 ムスリと黙り込んだフェリオを横目に、ランティスはひたすら料理を平らげる。これが栄養源になるのだから、ある意味羨ましい。
(別に料理が食えない訳じゃない、だた何の栄養にもならないだけだ。)

あ〜あ、ラファーガに来て貰えば良かったかな…。

 礼儀正しいもうひとりの眷属を思い浮かべフェリオは大きな溜息を付いた。ふるりと首を振ったのは、それでは、この旅の目的は果たせないのを知っているから。
 我慢するしかないのだ。
「…ちょっと気晴らしにそこら辺歩いてくる。」
 返事も待たずに、フェリオはエントランスから庭へと飛び降りた。

 ■

 手入れされた庭園は、今は街灯もまばらで闇に隠れていた。密やかで美しい、こんな夜は好きだとフェリオは思う。
 人間達の社会も華やかで心惹かれる時もあったが、寿命が違うせいかどこか騒がしい。こうしていると、漆黒が自分の世界なのだと感じる。
 ふいに、心地よい香りが鼻を擽った。
誘われるように振り返った先に、少女がひとり佇んでいる。
 亜麻色の髪が緩いカーブをつけて彼女の滑らかな頬を包み、細身の肢体はひっそりとしたドレスに包まれていた。
身につけている装飾品も、豪華に彼女を飾り立てている訳ではないが、引き立てている。どれをとっても高価なものだとわかる上品な仕立てのせいだけではないだろうが。

 清楚な美しさが、彼女の身体を包んでいた。

 毳毳しい女を相手にしてしまったせいか、清涼飲料水を目の前にした枯渇者のように喉が鳴った。細い首筋に舌を絡めて牙を立てれば、さぞかし…と思い浮かべて考え直す。どんなに外面が美しかろうとも内面まで綺麗な人間は少数だ。
 勢い飛びついて先程の二の舞は御免被る。用心の為に、様子を伺うつもりでゆっくりと近付いた。
 ふいに、芳醇な香りが空気に混ざる。沸き上がる官能に目眩がした。
 見れば、庭園に植えられた樹を手折ろうとしたのか彼女の白い指先から赤い血がぷくりと膨らんでいるのが見える。

 匂いだけでもわかる。極上だ、あの女…。

 歓喜に頬が蒸気していくようだ。(死人のくせにな。)
 努めて紳士的に近寄ると、挨拶をするふりをして手を取り、甲に口付ける。舌先に感じる味わいには、形振り構わず啜りたくなる欲求を抑えるのにどれほどに苦労した。
「…怪我をしてる。」
 今まさに気付いたような顔をして、彼女の指にハンカチを押し当てる。
 突然の出来事に驚いたのだろう、固まっていた彼女が目を瞬かせる。眼鏡の奥にある翡翠も絶品だった。

「疼ぐ…言葉の意味をうっかり忘れていた私が悪いんですわ。」
 鋭いトゲのある葉のつけ根に白い小花が花弁を反り返らせて、葉の間から泡立つようにこぼれ落ちている、それは植物の名なのだろう。
「どういう意味だ?」
「痛みを表す古い言葉ですわ、葉のトゲにふれると疼痛を起こすのが名の由来です。
 ところで、どうして貴方は此処にいらっしゃったのですか?」
 パーティー会場は垣根の向こう側だ。ふらりと散歩という返事も、味気ない気がしてフェリオは言葉を探す。
「そうだな、君の香りに誘われて。」
 フェリオが告げると、少女はクスリと微笑んだ。
「それは違いますわ、きっと柊の香りです。
 爽やかな、とても良い匂いですわね。私もついつられてこちらへ参ってしまいました。」
 瞼を落とせば、亜麻色の睫毛に街灯輝いて見える。ご存知ですか?と前置いて彼女は言葉を続けた。
「柊の花言葉は(用心深さ)または(保護)というそうですね。ですので魔除けの意味もあるそうですわ。」
「じゃあ、俺は君に近づけそうもないや。」
 ふっと軽い息を吐き、ボリボリと後頭部を掻く。
 花から退魔の気配はしなかったけれど、少女はフェリオに対し何かを感じて退けようとしているのかもしれない。
 自分の行動に、動揺もなく翻弄もされない様子に、フェリオは少しばかりの怪訝さを感じ取る。
 獲物としてだけではなく、奇妙に心惹かれる少女だったが諍いは拙い。この街にはもう暫く滞在する予定だ。
 けれど、少女はフェリオの言葉を聞くなり悪戯な笑みを浮かべた。
「そう思われますか?
 まるで拒絶しているような意味ですのに、実は(歓迎)なんて意味もあるんですよ、不思議ですわね。」
 キラキラと微笑む少女が眩しい。見たことはなかったけれど、太陽というものを見る事が出来たならきっとこんなだ。

「旅客の方ですのね。歓迎致しますわ。」

 差し出した手を握り返して、俺とフウの出会いは始まった。


〜To Be Continued?



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