※座敷童子のクレフさんと家主の海ちゃん

永久(とわ)に紡がれる物語


  一人暮らしを始める時は、少しは不安があったと海は思う。

一人っ子だったから、結構親子の仲は親密で(夫婦はもっと親密だったけど・この万年新婚夫婦)、ひとりが寂しくないといったら嘘になる。
 それでも、新生活に心は躍るものだでしょう?
だから、新しいアパートを見に行った時も、期待で胸が溢れていたって表現はあながち嘘ではないと思う。

 でも…。

「どうなさいましたか?龍咲さま。」
 親切な不動産屋のお姉さんは、私を見て怪訝そうに小首を傾げる。
「えっと、これ…なんだけど?」
 海は指先で視線の示す。彼女の目には見える(もの)を。

「これ…ですか?」
 膝を軽く曲げながら腰を落として、覗き込む。
必死な表情で、眼鏡を外して見直したりしてくれているのを眺めていれば、お姉さんには(本気)で見えていないという事実に、半信半疑だった海も納得せざるを得なくなった。

 日当たりの良い二階の部屋。南東の角部屋だから、暖かいんですよ、なんて言われて踏み込んだフローリーングの床は脚に馴染んでいい感じだった。
 お部屋全体が柔らかな色で塗られていて、ホワンと暖かい。新築じゃない古さはあったけれど、そこが良いって思える。
「綺麗にリフォームされてますので。」
 ニコニコと笑うお姉さんにつられて、部屋の中を見回して気付いてしまう。
 家具の無い、がらんどうの部屋なのにたったひとつ(ある)もの。
 陽の差し込む壁に設えられた僅かに床から離れた場所にある窪んだ場所。
和室だったのなら小さな床の間のつもりだったのかしらと思えるそこに不思議なものを見つけた。

 瞼を閉じた小さな男の子。

 白くてふわふわした衣装には、綺麗な飾りがついていて、紫色の髪はサラサラに見えた。額にも、大きな石がついた飾りをしている。
 前の住人が置いていったものだろうか?
 見知らぬ人の持ち物だった人形なんて、普通だったら気持ち悪いのだろうけれど、と考えてみたが、海にはそう思えなかった。
 でも、不動産屋のお姉さんには見えていない(不可思議なもの)のだ。

「幽霊かしら…でも人形の幽霊とかあるのかな…?」

 訝しい気持ちはあるのだけど、そんなことどうでも良くなる位に可愛らしくて、触れてみたくなる。
 ムクムクと沸き上がる好奇心に逆らえなくて、海は人形に向かい合うようにしゃがみ、指先を伸ばした。
 紫色の髪に触れると、ふんわりとした手触り。
 柔らかくて少しだけ癖のある、猫っ毛っと呼ばれる髪質に、海の頬が緩む。固くて真っ直ぐな自分と髪とはまるで違う。
 余りの手触りのよさに、グリグリとまぜっかえしていれば、人形かと思った者はコクリコクリと居眠りをしているのがわかった。あどけない様子で眠る仕草とか、まるで小動物みたいに可愛いと海は思う。
 ふふっと口元に笑みが浮かんだけれど、ふと気づき首を横に振った。

 待って、待って私。

 どんなに可愛くても、これは不動産屋のお姉さんには見えない謎の物体なのよ。こんなものがいる部屋を借りてどうするのよ、海。考え直すのよ。

 若干の未練はあったけれども慌てて立ちあがり、困惑した表情を隠そうともしないお姉さんに愛想笑いを返す。
「あ、あの、良いお部屋なんですけど…他のも見たいなぁ…なんて。」
 てへ、と小首を傾げれば、お姉さんも営業スマイルを取り戻す。手にした資料をパラパラと捲りながら、此処から近いお勧めの部屋を探しているようだ。
「そうですね、後は此処なんか…。」
 大きく広げたバインダーを目の前に差し出され、覗き込んだタイミングで声がした。

「…お前は此処の新しい家主か。」

 威厳の籠った幼い声におそるおそる振り返える。先程の人形が小さな杖を片手に立ち、こちらを見つめていた。
え、えええ!?動いてる!?話してる!?なんなの!?
 思わず目を見開き、口が開く。
 答えを探して、左右を見回したところで誰かが答えを差し出してくれるようすはなかった。 
 そうして、上目使いで海を見つめる。
「お前が次ぎの宿主かと聞いている。」
 可愛い外見とは裏腹な、それは酷く威圧的なもの言いだった。ギャップ萌する人だっているのかもしれないけど、私は違う。
 「何よその言い方、人にものを訪ねる時はまず自分の紹介をするべきでしょ!!」
 腰に腕をやり、人形を見下ろして声を張った。
「……龍咲様?」
 突然に声を上げた私に、お姉さんが顔を引き攣らせるのが見えた。慌てて、笑顔を取り繕う。
「え、ええっとですね。」
「私と話している最中に何をそっぽを向いているんだ。
 だいたいお前は…。」
 一生懸命言い訳を考えている海の足元をちっこい人形が説教じみた言葉を吐きながら歩きまわる。だいたい、そもそも(この可愛い何か)がお姉さんの目に見えていないのが問題で、そもその此奴が原因で、どうして私が説教されなきゃいけないのよ。 
 憤りと共に、海はズルズルと畳に長く伸びているローブの先に踵をのっけた。途端、小っこい何かはコテンと前に突っ伏した。
 あまり素直に転がるものだから、海も口に両手を当て(あ)という言葉を飲み込んだ。少しばかりの罪悪感を抱きかけたその時、向こう臑に衝撃がきた!
 
「痛ったぁい!!!!」

 しゃがみ込んだ海の目に、あの小っこいのが杖をバットみたいに構えているのが見えた。
可愛い口元が少しだけ上にあがってる。
「お前が先に手を出しただろう?」
 涼しい顔で返される。
 むむッ、そうだけど!でも、出したのは足よ、手じゃないわ。

「どうなさったんですか、竜崎様!?」
 慌てふためくお姉さんの声に、海ははっと我に返る。
そうよ、そうだわ。やっぱり、こんな部屋絶対無理!無理!無理!無理!無理!無理!
 しっかり、きっぱりお断りの言葉を言う為に開けた口はそのままに、耳は人形の言葉を拾う。
「やめるのか。やれやれ、助かった。
 お前のような粗忽ものと同居になるなら、終の住み処と決めていた此処から出て行かねばならないところだった。」
 両腕を組み、ふうと大きな溜息まで吐き出す相手に海の脳内でカチンと音が鳴った。
「何言ってるの、私、住むわよ!どうして私の方が出ていかなきゃいけないのよ!」
 日当たりの良い二階の南東の角部屋。おまけに家賃は超良心価格で、駅まで徒歩5分。
こんな優良物件、どこを探せば出てくるというのだ!
 そんな場所を、この可愛いけれど訳のわからないものに占領されるなんて御免だわ!

 勢いよく(涙目のまま)お姉さんを見上げると、鞄の中に手に突っ込んだ。
「此処に住むわ!実印と通帳、さっさと持っていって手続きして頂戴!!!」
「は、はい。わかりました。」
 海の勢いに目を白黒させながら、不動産屋のお姉さんは部屋を飛び出して行く。
それを見届けて、海は長い髪をひらりと靡かせて振り返る。
ビシリと人差し指を突き出して声を張った。
「私は龍咲海よ、ここに住むからにはあなたの好きにはさせないわよ!」
「ほう、そうか。」
 人形は海の怒りなど意にも介す様子はない。ふわりと笑みを浮かべた。
「私は、クレフだ。よろしく頼むぞ、海。」


 ■
  

 部屋を振り返った不動産のお姉さんが、ふうと息を吐いた。

 目の前にあるアパートを凝視する。実はここは弊社ではイワクツキと呼ばれる物件。
 古いけれども綺麗で低家賃である部屋は、お客様の目にもとまりやすい。
実際ほとんどの部屋は埋まっているのだが、龍咲という少女に勧めた部屋と後2部屋がなかなか借主がみつからなかったのだ。
 所謂、事故物件という訳ではなく、見学して借りたいと申し出る人間はいるのだけれど、まるで部屋が借主を選ぶかのように契約という運びにならない。  けれど、今日龍咲という借り手が見つかったことで、長い間埋まらなかったアパートが全室満室になり会社としても一安心だ。 もっとも、いないはずの動物の鳴き声がするとか、貴族の幽霊が出るとか、そういう類の噂も無きにしも非ずなのだが、そこに入居した少女達からは苦情など出てはいないようだ。

「獅堂光様と鳳凰寺風様だったかしら…。」

 残り二部屋を借りた人物を思い浮かべ、小首を傾げたお姉さんだったが、ふと我に返る。そうして業務を全うすべく営業車へと向かった。



〜To Be Continued?



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