(パラレルです。我ながら凄まじい捏造なので注意です。)

優しい世界と冷たいヒト


 日常に変わった事など起こらない。
空から不思議な飛行物体が降ってくる事などないし、異空間から勇者を求めて呼出があるはずもない。超美少女の転校生がやってくる事はあっても、そこで前世の記憶が甦るようなものでもない。
 ないないづくしで面白くもないが、まぁこれが日常の醍醐味というものだろう。
 全国模試の結果を机に放って、フェリオは教室の窓から外を眺める。三月も終わろうという時期でも外気はまだ春には遠かった。太陽の光は、暖かく感じられても、風が冷たく厳しい。ほころび始めた蕾さえ、再び眠ってしまいそうな気温だった。

「…。」

 教室には彼の他には誰もいなかった。つい5分程前には担任であり、進路指導の先生が目の前にいて、三年になるのだからと語っていた。
(お前は実力もあるんだから、もっと上を目指せるはずだろう。)
 熱っぽい声と表情で続けられる話に納得は出来たが、所詮、生徒の進学率が彼の手柄にすり替わるだけじゃないかなどと、酷くひねた考えが浮かぶ。自分の将来を心配しているといいながらどうせ…。
 そうしてふるりと首を振った。
 思考回路がどうしてこんな方向を向いてしまうのか、フェリオ自身もよくわかっていなかった。思春期だの反抗期だのと呼ばれる年齢だからだろうかと思うのだけれど、そんな自分自身を時々持て余しているのも本当だ。

「フェリオ!」

 開いたままだった扉から、パタパタと走り寄ってくる音がした。顔を向ければ、友人であるアスコットが慌てた様子でバンと机に掌を置く。普段は眼を隠している栗色の前髪がふわりと持ち上がって、表れる瞳も動揺の色がありありだった。
「どうしたんだ?」
「どうしよう、ランティスが呼んでる。」
 アスコットの科白にフェリオは瞳を細めた。琥珀の瞳が影を濃くするのは不満の証拠。そうして面倒だったからだ。
「部に顔出してないことか…。」
 ボソリと呟けば、アスコットが頷いた。少々臆病なところのある少年は、身体の大きな(といっても1つ年上なだけ)ランティスという男が苦手だ。フェリオにとっても得意な方では無かったが、同じ部でレギュラーを勤めていた誼で会話は交わす。それでも部に顔を出していた頃の話だ。
「だから言っただろ、上下関係の差別が禁止の学校だからって、無断で休んでるのはヤバイって。」
「俺は無断で休んでなんかない。休部届がイーグル部長の手に届く前にアイツに握りつぶされただけで…たかが部活ぐらいで、どうしてこんなに拘束されなくちゃいけないんだよ!」
「そんなの知らないよ、僕に八つ当たりしないでよね!」
 ムッとした顔をつくり、教室から出て行こうとしたアスコットの衿を後ろからひっつかみ、フェリオは立ち上がると同時に、彼を引き留める。
「なんだよっ!」
「ひとりじゃなんだから、お前も来い。」
 やだよ〜勘弁してよ〜怖いよ〜と叫ぶアスコットを引きずって、フェリオは廊下へと出る。生徒達が下校した後の学校は静まりかえり、一種独特の雰囲気を醸し出していた。
 ぞくりと妙に背筋が震える。耳に入ってくる喧騒はないのに、ざわざわと耳障りな音がした。
  「ねえ、フェリオ。」
 急にアスコットに呼ばれ、フェリオはビクリと身体を強張らせる。
「この頃変だよ…っていうか、どうかした?」
「いや、何でもない。で、俺が変だって?」
 衿から手を外すと、酷いなぁと文句をいいながら続きを声にした。
「フェリオってさ、部活も来ないし、成績も落ちてるみたいだし、授業中も実習の時もぼんやりしててさ、何かあったの?嫌なことがあったとか、虐め?」
「いや、ない。」
 簡素に答えて、フェリオは薄く笑った。
「なにもない。」



 生徒の昇降口から見える街は夕暮れの黒に沈んでいた。小高い丘に建てられた高校からは、街の様子が一望できる。トロリと赤い太陽は風景が途切れる部分から上にあるのだが、それは街を赤く染めてはいなかった。
 黒とも紫とも言えない色が眼下に広がる。
 それを背景とした自分の姿が、扉の硝子に写りこんでいた。碧色の髪は黒く、襟元まで締めた学生服も黒。なのに、瞳だけがやけに黄色くはっきりと見える。それにしても酷く不機嫌そうな表情に、思わず笑った。
 トントンと靴先を地面にあてて、アスコットは鞄を持ち上げる。
「外で待ってるって。」
「そうか。」
 ランティスは妙に迫力があって苦手だ。どうにか逢わずにすむ方法はないかなぁと思ったが、目の前にいるのはどうしょうもない。職員室にはまだ先生がいて、その窓灯りで校門に長い影が出来ていた。
 勿論大男の影だ。
「逃げ隠れするのはやめたらしいな。」  顔を見た途端これだ。逃げた事も隠れた事もないじゃないかと内心で思うのに、反論するのも面倒くさい。
「言いたい事があれば言えばいい。そんな顔をするならな。」
「別に、そんな顔してないよ。」
 そんな風に見えるだけだろうと嘯く。ランティスはスッと瞳を細めた。纏う空気が一気に冷えたような気がして、アスコットは思わず両手で身体を抱き締めた。
「用…あるんだろ?」
「お前は…。」
 そう言いかけて、不意に黙り込む。不審に思ったフェリオとアスコットも、ランティスの視線を追った。見つめているのは、街。先程よりも夕闇に覆われた分、街灯りは明るくなっている。
 黙りをきめこみ視線を戻す様子もないランティスに、声を掛けようとしたアスコットが急に頭を抱えてしゃがみ込んだ。ううと呻る声が尋常に聞こえず、フェリオの顔色も変わった。
「おい、どうしたんだ!?」
「耳鳴りがする、頭…痛いよ。」
 両手で耳を押さえたまま、身体を支えきれないアスコットが地面に倒れ込む。慌てて駆け寄り呻る相手の背中をさすってやるが、一向に納まる様子もなく、助言を求めるように、フェリオの視線はランティスに向いた。
 しかし、彼の視線は街に固定されたまま動かない。
「おい、ランティス!!」
「気にするな、直ぐ終わる。」
 事も無げに言い放ち、こちらを見ることもない。カッ頭に血が上り、フェリオはランティスに喰ってかかる。それでも、ランティスの態度は変わらない。
 思わず拳を握った腕をアスコットが止めた。縋りつくように、フェリオの右手を抱え込むと、首を横に振る。
「…も、平気、痛くないから…。」
「でも、コイツ…。」
「わかってる、でも、何か変だよ…。」
 え?とアスコットに向けていた顔を上げて、フェリオは息を飲んだ。ランティスの視線にあったのは、さっきと変わらぬトロリと赤い太陽と灯りの消えた街並みだった。



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