死に装束にも似た、真っ白な着物が風に揺らめく。
冷徹で、しかし息を飲むほどに美しい少女が目の前で佇んでいる。楚々とした仕草が醸し出す、寒々とした空気が場を席巻していた。
 澄み切った翠色の瞳。透けるほどに白い肌に金色の髪がふわりと踊った。
 追われて、逃げまどった女は追いつめられた建物の壁に背中を押し付けた。雪が舞う。

 どうして、そんな季節じゃないわ…?

 脂汗がこめかみから顎へと流れ落ちていくのがわかる。恐怖ゆえの感情か、思考がどこか可笑しい。
 そうなのだ、どうして自分は追われているのだ。そして、どうして逃げているのだ。目の前にいる少女だけではない、全身が黒尽くめの男が現れ、自分は震え上がって逃げだした、けれど、何故?
 恐る恐る問いかける。
「あ、あの…わたし、どうして…。」
 しかし、問い掛けが届く前に遮る声が少女を呼んだ。
「どうした、風。手こずっているのか?」
 闇から、にやりと揶揄する笑みが少女の背後に現れる。
 漆黒の衣装を纏った男は琥珀の瞳を細める。大きな傷のついた鼻から下、歪めた口角からは鋭い犬歯が見え隠れしていた。
「へぇ、いい女じゃねぇか。」
「フェリオ。」
 風は澄ました表情を崩すことは無かったが、纏う温度が下がった事で杞憂が知れる。空気に混じった氷に粒が輝く中、フェリオはあからさまに肩を竦めてみせた。
 好色が浮かぶ顔は、常だと知ってはいても妬ける。
「へいへい、風の獲物って事ね。」
「それは間違いですわよ、仕事ですもの。
地獄から逃げ出した魔を狩るのが(私達)の仕事でしたでしょう?」
 あくまでも楚々と風は答えるものの、挑発的な語調は男の心をざわめかせるようだった。
「勝手にしろ。」
「そう致しますわ。」
 ひらりと袂を翻せば、女がヒッと喉を詰まらせる。体の先端から吹き上がってくる冷気が全身の自由を奪い、皮膚を刺す痛みがビリビリと神経を犯す。 
「寒、い、助けてぇ…。」
 両腕で肩を抱き震えている女の身体に風が哂う。掬い上げる腕に重厚な乳房が持ち上がる様子をフェリオ口端を上げて見物している。
「出ていらして、」
 さあと、差し伸べた風の掌を、悲壮な表情で見つめた女の形相が一瞬で変わった。
目を剥き、裂けんばかりに口腔を開く。しかし、風もフェリオも表情を変える事はない。
 ふたりにとって見慣れたもの。

「早くして頂かないと、憑代ごと砕きますよ?」

 冷気を纏った冷笑。
咆哮に似た悲鳴をあげた口から飛び出して来たのは、憑りついた魔ではなく瘴気にあふれた嘔吐物。
「…!」
 背後からぐいと乱暴に風を引き寄せ、フェリオは胸元に風を抱く。途端、彼が持っていた剣が炎を纏った。
女の口から吐き出された液体は瞬時に蒸発し、消える。
 無言で次ぎの行動へと動くフェリオを察し、風は彼の袖を引いた。見下ろす琥珀が一瞬細くなりはしたが、炎の勢いは衰える事はない。それだけで、彼の意志は容易く知れる。
 捕獲して、地獄へ連れ戻すつもりないど、無いと。
「フェリオ…!」
 風に声に舌打ちをひとつ。

「選べ。」

 不機嫌だとあからさまな声に、風は眉を顰める。キラと光る氷の粒に何を見たのか、フェリオの声色が緩む。
「……俺と来るか、このまま……消えるか。」
 グシャリと歪んだ女の顔は、恐怖に怯えて、ただ吼え続けるのみ。静止する風の声など聞くこともなく、フェリオは魔を焼き尽くした。
 業火に揺られ消滅していく姿を観るたびに、風の胸には想いが募る。
彼に、その炎に灼かれてしまいたい、と。
 思わず伸ばしてしまう指先を、フェリオの手がそっと落とした。琥珀と翡翠が互いを捕らえ、そうして離れていく。
 燃える琥珀が告げている。お前と共に、砕けたいと。
 互いの胸の内など手に取る様にわかりはしても、炎の化身と氷の化身。
 氷雪の姫と魔界の鬼公子と呼ばれる男は相容れる事のない性質。溶けて混ざり合う事は消滅を意味するというのなら、心密やかに願う事はひとつ。


終わりは、君にあげる


 尽きる命、それさえも奪いたい。互いを守る理由は、ただそこにある。
「帰るぞ、風。」
 黒い纏をバサリと体に巻き付けて、フェリオは無表情に踵を返し闇に消える。
着物の乱れを正して、風も後を追った。
 

〜Fin



 こちらの風ちゃんはシモーヌちゃん仕様がいいなぁ。ツンツンしてても情が態度から滲む感じ。フェリオはOVAドS仕様でお願いします。



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