勇者風ちゃん&相棒のフェリオ


 ひと昔前のRPGでは良くある展開だ。
 とあるセフィーロという国に魔王が現れ人々を苦しめるようになった。そこで国王は勇者に魔物退治を依頼した。勇者に選ばれたのは亜麻色の巻き毛をした少女で、彼女は魔王退治に参加してくれる従者を一般公募によって選ぶと宣言する。
 それによって、多くの腕自慢が城の一室集まっていた。
 お話は、その一室から始まります。


これが最高のバッドエンド


 剣士を目指した者としては、魔王退治と聞き黙ってはいられないものだろうとフェリオは思う。だから、ちんけな賞金稼ぎをしばらく休職して此処へ来たのだ。
 選ばれる自信は勿論フェリオにはあったけれど、駄目だったとしても、なかなかの美少女だという勇者を見てみたいという男の子らしい願望もあった。
 けれど、通された部屋で待たされてはいるが何の通達もない。
 フェリオは身丈ほどもある長剣は背負ったまま、扉の直ぐ横の壁に背を凭れ周囲を観察していた。入口はひとつ。中二階と呼べる高さに鏡が幾つもつけられていて窓はない。そして、鏡に手の届く梯子がついている場所がひとつだけあった。
 指示された時間をかなり過ぎていて、所狭しち居並ぶ大男達は騒がしい。
 小柄で華奢な(子供なんだがら仕方ないだろう、数年で大きくなるんだよ・フェリオ談)は格好の暇つぶしで、さっきからあれこれとからかわれていた。
 けれど、それも慣れたもの。軽くあしらい、防具と服装を再確認した。左の肩と胸に当てた防具に緩みはない。グローブの握りも確認し、ついでにブーツの緩みもチェックする。咄嗟に引っかかる部分は無い。これでひとまず安心だ。
 どうにも妙な雰囲気を感じていれば、ふいに声が響いた。
「これから試験を行います。」
 澄んだ少女の声が響けば、部屋の中心からフェリオの足先に掛けて、ぱっかりと床が開いた。
  
「うぉぅ!?」

 何人もの男女が成す統べもなく奈落の底へ落ちていく。フェリオは咄嗟に扉に追いすがるものの、どうやら鍵がかけられていて開かない。
 つまりこれも罠だろう。
 生き残りが扉に殺到する間を抜け、フェリオは素早く梯子に手を掛けた。間髪入れずに、全ての床が落ち、途中で引っかかっている人間を除いて全員が穴の中。
 驚愕の思いでそれを眺め、フェリオは梯子を登って、剣で持って窓を切り捨ててから中へと入った。
 そこも部屋にはなっている。
 自分が待たされていた部屋を上からぐるりと覗き込む事が出来る構造だ。鏡は実は窓になっていて、中腰で覗き込んでいた少女がフェリオが姿を見せると同時に顔を上げた。
 スラリとした肢体を翠色のワンピースに包み、同色の纏を背負っている。ブーツは踝止まりで、肩にかかる程度の亜麻色の巻き毛には羽根飾りがふたつ付いていた。
 翡翠の瞳は、フェリオを見て僅かに細められる。
「貴方が合格者のようですわね。」
 確かに可愛らしいと分類される顔立ちだったけれど、フェリオはフンと鼻を鳴らした。此処までの経緯をみるからに、彼女がただ可愛らしい少女などでは有り得ないと判断出来たからだ。
 少女はフェリオに歩み寄り、右手を差し出す。
「私と共に旅に赴いていただけますか?」
「それに答える前に、質問はいいか?」
 そう告げて一呼吸おけば、彼女は質問されずとも口を開いた。
「どうして、こんな試験をしたかですわね。
 噂でご存知かもしれませんが、隣国の赤毛の少女(勇者ヒカル)はひと蹴りで化け物をノックアウトすると聞きましたし、美貌を誇る青い髪の少女(勇者ウミ)は、その美しさと気性で魔物をひれ伏させるとも聞き及んでおります。
 私には力も美貌もありませんので、せめて従者くらいは優秀な方を選ぼうと思いまして、まず試験をさせて頂きました。」
 ほほほと口元に掌を当てて微笑む勇者を、フェリオは舐めつけるように視線を動かす。
 やっぱりコイツ、とんでもない玉だ。
 改めて己の洞察力の正しさを実感する。
「…で、一番最初に出てきたというだけで俺を選んだのか?」
 腕組みをして問えば、勇者は人差し指を軽く振る。
「まず、運の良い方を選びました。勇者がお供を選ぶという情報をセフィーロ国に流したのは一度きり。このチャンスを掴める方をまず選び、その中から優秀な方を選抜することに致しました。運も実力の内と申しますでしょう?
 それから、見知らぬ場所で警戒心もなくぼおっと突っ立っていた方は落とし穴に落ちて頂きましたし、その後の判断を見誤った方も全員落とさせて頂きました。その上で、一番に出ていらしたのが貴方です。」
 にこりと少女は笑った。
「それで、俺を優秀と判断したのか? 偶然側に脱出口があったとは思わないのか?」
「思いません。
 部屋へ通されてから隠し窓で拝見しておりましたが、貴方は最初から用心深く周囲を観察していらっしゃいましたし、判断の良さも素晴らしかったですわ。
 私の命もお預けする方ですから、ツマラナイ人材は選びません。」
「こええ、女…。」
 フェリオはボソリと呟き、勇者を見つめる。
 取り敢えず断定美人。華やかな美しさは無いが、清楚な美とでもいうものが感じられる。何よりも頭の良さがフェリオの気を引いた。外見が良くても中身がカラッポの女など興味の対象にさえなりはしなかったのだ。
「よろしく頼むよ、勇者殿。」
 フェリオは改めて、少女の手を握り直す。握手が契約の証しだ。
「優秀な従者さんのお名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「俺はフェリオだ。俺が使えるべき勇者殿の名前は?」
「私、フウと申します。」
 育ちの良さそうな上品な笑みを浮かべ、フウはさてと声を出した。
「では、冒険の旅に参りましょうか。今日のうちに沈黙の森を越えてしまいましょうね。」
「はあ?」
 涼やかな笑顔で情け容赦ない要求。フェリオは思わずポカンと口を開ける。
 沈黙の森というのは、魔法が効かなかったり、不死身の魔物がいたりととんでもない森の名称で、おまけに地図も役に立たないときている。
 屈強の戦士でも抜けるのに数日を要すると言われる難所だ。そこを半日で抜けようとは、可愛らしい唇が告げる言葉ではないだろう。
 それでも自信があるのか、勇者はニコニコと笑った。
「時は金なり、東洋の格言ですわ。ご存知ありませんか?」
「時が金なら、時給で金貨一枚頂くぜ。」
 ふうんと顎をしゃくり、フェリオはフウにウインクを返す。思わぬ答えに、絶句したのはフウの方だった。
「まぁ、それは横暴ですわ。」
「俺を選んだのはお前だ。諦めろ。」
 これ以上は聞く気がないと示し、耳に両手で栓をしたフェリオは先に立って歩き出す。フウは腕を組んで眉間に皺を寄せた。
 大きな溜息を吐くのは普段の彼女なら信じられない事だ。どうも、フェリオという男も一筋縄ではいかない人間だったらしい。
「私、人選を間違えましたでしょうか?」
 それでも(仕方ありませんわね)と呟き、彼の後を追った。

To be continued in our next number〜



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