勇者風ちゃん&相棒のフェリオ RPG風の一幕・簡易版おまけSS 剣先を押し込むと、表皮がプツリと切れるのがわかる。 そこから筋肉の繊維を引き裂く為に力を込めた。生臭い、腐臭していない新鮮な血と肉の臭いがまき散らされ、身体に覆い被さってくる。 慣れた訳ではない。命を切り刻む瞬間を心地よいと感じた事もない。 ただ、生き残る為にだけ。そして彼等は自らを生み出した魔王の預かり知れない野望の為、互いの命を奪うのだ。 如何に勇者が操る剣とはいえ、これほど多くの肉を引き裂けば油が張り付き、切れ味は落ちてくる。数匹の魔物に手こずるフウの横で、フェリオが剣圧で周囲の雑魚を一掃した。 荒く紡ぐ息を噛み、額に滲む汗を飛ばす。 まま、フウを庇う様に魔物と彼女の間に割り込むと、ザクリッと深く地面へと剣を突き立ててから、縋るように両手で抱え込む。 そうして、声を張った。 「今だ!フウ…!!」 返事もせずに、フウは瞼を落とし両手を高々と上げ魔法を引き寄せる。厚く銀色の雲が幾重も連なる空を揺らすように、彼女を包む風が舞った。 何処かで荒ぶる空気の流れに煽られた鐘の音が、けたたましく響く。 「……緑の疾風!!!」 鋭い刃となった風は二人を囲む魔物達を容赦なく切り刻んだ。 風が止めば、音は無い。 ふたりのいる場所は魔王に殲滅された村痕で、そもそもヒトはいなかった。 ただの血肉へと成り果ててしまった村人達の上に、魔物達の形を留めない血肉が覆っているだけ。 声もなく、疲労のみが支配した二人に言葉もない。 業火に燃えた教会らしき建物に残された釣り鐘は、弔いの音すらも鳴らす事もないはずだ。 フェリオは頬に付いた血を掌で拭き、柄から流れてくる血を布で拭いた。そうして、佇むフウに目を移す。 無惨な−人々の目には地獄をも臭わせる場所に、フウは静かに佇んでいた。 緩い孤を描く亜麻色の髪も、滑らかな白い肌も血にまみれている。それでも、それなのにと言うべきか、フウの姿は美しかった。 視線を揺るがす事のないフウに、何を想い、どう感じているのかと憶測してみても、凛とした表情からは伺う事は出来なかった。 フェリオは声を掛けようかと身を乗り出す。 その瞬間を待っていたように、一点を見つめて動かなかったフウの視線がフェリオに向けられる。 「今日は私の誕生ですの、ご存知ですか?」 悪戯めいた瞳を輝かせるフウには、フェリオがそんな事を知る故もないことはわかっていた。それでも何故か、フウは告げてみたかったのだ。 ふうんと呟き、フェリオは地面に突き刺した愛剣に顎を乗せる。何事か思案している様子だったがふいに、微笑んだ。 鉛色の空から、ふんわりと舞い降彼女の体温に溶けていくモノがあった。 「…雪…。」 セフィーロは比較的気候の差がなく、温暖な国だ。冬になっても雪が降る事の方が珍しい。フウ自身も此処数年は、雪を見た記憶が無い。 「俺からのプレゼントだ。」 天空を仰ぎ、瞳を瞬かせていたフウはフェリオの言葉にゆっくりと顔を向ける。 「コイツは誰の元にも舞い降りるものだけれど、今、この瞬間にお前を包む結晶は、お前だけのものだ。」 ニコリと微笑むフェリオに、フウは見開いていた瞳を眇め、唇に孤を描く。 「ありがとうございます。 私、このように素敵なプレゼント。生まれて初めて頂きましたわ。」 白い雪は、廃墟と化した村も凄惨な遺体も全て白い絨毯で覆い隠していく。 フウは祈るように瞼を落とした。 今、この瞬間だけは世界を好きでいようとフウは思う。 辛い想いも重すぎる願いも全て忘れて、世界はただ素晴らしく、愛おしいと想おう。 つまり、こうだろう?フェリオは戯けた口調で言葉を続けた。 「お前は素晴らしい従者を持った、それに尽きるだろ?」 片目を眇めてフェリオは得意げに指を振ってみせる。 「まぁ、背負ってるいらっしゃいますわね。」 緩い笑みを血塗れの顔に浮かべて、ふたりは穏やかに微笑み合った。 content/ |