(パラレルです。我ながら凄まじい捏造なので注意です。)

優しい世界と冷たいヒト


「待つんだお前達…!!」
 クレフの声に、彼女達はこぞって振り返る。けれど、彼の言葉に従う者はいなかった。
「俺達は、俺達で決着をつける…じゃあな。」
 最後に場に残るフェリオがそう告げ、風は一礼すると彼の後を追った。
くと唇を噛みしめ、クレフは顔上げ、杖を掲げる。

 しかし、去っていく者達に何の変化もない。
 何故だと呟くクレフには確かな答えが返された。イーグルが、クレフと対になる様で上げていた腕を降ろし、彼の背に向かう。
「もう、止めましょう、導師クレフ。」
 ハッと振り返るクレフに、イーグルは僅かに眉を寄せてみせた。
「私は何もしないと非難されてしまいました。貴方のせいですよ。」
「五月蠅い…っ!!」
 それでも笑みを引き戻したイーグルはクレフに対峙する。
「貴方が彼女達を大事に思っている事は知っていますが、彼等も僕にとって有り難い友人達です。
 もう干渉は止めましょう。」
「イーグル!お前は何故と思わないのか! 何故彼等が闘わなければならない!」
 悲痛な声に、孤を描く瞳を引き、イーグルは薄く笑った。
 
「運命でしょう?」

 シンと静まり返った場所に、ふたりの声だけが響く。
「だからこそ選びとる未来は彼等のものです。…導師クレフ。影を引き込んで戦わせたとしても、同じ事ですよ?」

 そんな事を言うのか…!
「殺されてしまえば、あの娘達は永遠に失われてしまう。二度と戻ってはこないんだぞ…!!」
「それならば、影だとて失われれば戻りません。彼女達の一部はなくなってしまいます。」

 でも、彼等の中に、彼女達を失っていいと願っているものなどひとりもいない。

「だからね、まかせるしかないんですよ。未来を選び取る者達に…。」


 ◆ ◆ ◆
 
 攻撃は、互いの身体に傷を刻んだ。
フェリオとてもう、回復の為の魔法を唱えていられる余裕などない。己の傷を顧みることのない風の攻撃は、ただ激しく、強い。

「風…!俺は…!!」

 幾度となく口にしようとする想いは、それがわかっているかのような痛烈な返り討ちとなって、フェリオの行動を阻んだ。
 黙々と攻撃を繰り出す風の動きが、一瞬怯むのを感じフェリオは、顔を上げる。
額からダラダラと流れ落ちる血と汗が、目に痛む。
 ふっと遠のきそうになる意識は、疲れのせいか、出血のせいか…。
 定まらない視界で目を凝らして、風が驚愕の瞳で一点を見つめているのがわかった。
 道路に膝を立て、フェリオも彼女の視線を追った。

「…!?」

 漆黒の闇が青に変わっている。
 アスコットが言っていたように、確かに時間は過ぎてもうじき夜明けを迎えようとしているのだ。
 その事実にフェリオは驚いたが、風は、(夜明けを迎える事)に恐れおののいているように見えた。満身創痍の彼女の手から剣が滑り落ち、道路へ転がる。
 大きな音を立てて、静かな街に響く。
 しかし、風は気に留める事もなく両手を高く掲げ交差させた。瞼を閉じ祈りを捧げるように顔を上げる。

「翠の疾風…!!!」

 フェリオは風の声に、防御の態勢に移る寸で、それが自分に向けられていないのだと気が付いた。
 風は彼女自身にその魔法を放ち、細い肢体は激しい風に切り刻まれていく。

「っ…なんで…!!!!」

 剣を投げ捨て、フェリオもその刃に身を躍らせる。中心で翻弄される肢体をフェリオは守る様に掻き抱いた。
 柔らかな体温と身体は抵抗なく両腕に納り、だらりと伸ばされた腕に力は無い。それでも、フェリオを見上げる瞳はしっかりとした光が感じられる。
 遙かな景色の先。
 夜に向かえば赤く染まる空は、朱にはなっていなかった。それでも、色は刻々と変化を遂げて青は白を混ぜた水色へ映る。
 白い輝きは目眩を呼び、風の瞳がゆっくりと落ちていく。
フェリオも逆らいきれない輝きに、視界を奪われながらうっすらと開く風の唇に己のものを重ねる。

 言葉で伝える事が叶わなかった願いを込めて。

 立ち尽くす二人を朝日が照らし、そして夜は終わった。
 
 ◆ ◆ ◆

 あの後、俺達は普段通りの日常に戻った。
 気付くと三人とも自宅に戻って来ていて、家族に聞いてみれば普通の時間に普通に戻ってきたのだと言う。
 これは、三人とも同じ状況だった。
 集団催眠かとも思える出来事だったけれど、保健室のある旧校舎が翌日廃墟と化していた事が判明し、俺達三人は事実だったのだと頷き合った。
 そして、どんな運命を選び取り、進んだのか、知ることのないまま時間が過ぎた。
 ランティスは光という女子に告白をして、今は付き合っているそうだ。
 告白の台詞が「結婚を前提としてお付き合いしたい」で、家族の前で告げ、大騒ぎになったのはご愛敬だろう。
 アスコットも、何とか海とお付き合いするところまでこじつけた。
(遅すぎるのよ!)と顔を真っ赤にして怒鳴られたのだと嬉しそうに話してくれたのはつい昨日の事だ。
 不思議な事に、海はあの夜のことを何も覚えていなかった。恐らく他の二人の女子もそうだろう。ついでにイーグルも何も知らないと言っていたけれど、アイツの言葉は信用出来ないから論外だ。

 取り敢えず、ランティスもアスコットもあの時の約束を果たした訳で、後は俺の順番だ。だからこそ、柄にもなく図書室で自主勉強なんてものをして少々遅めの電車に乗ろうと企んでいる訳だ。
 良い頃合いだと、昇降口に向かって人気のない廊下を歩いていれば、小柄な人物が歩いて来る。
 薄紫の髪に見覚えがあって、でも誰だか思い出せずに擦れ違う。
客用のスリッパを履いているのが見えて、慌てて頭を下げた。そんな俺の様子に、そいつは目を細めて笑う。
「遅くまで部活ですか?」
「あ、いえ、その図書室にいて遅くなっただけで…。」
 話し掛けられるとも思わなかったので、俺は妙にドギマギしてしまった。
「高校生になると勉強も難しくなる。大変だ。」
 頷く顔にも見覚えがあるのに、思い出せない。凝視していれば、小脇に抱えている封筒には市内の中学校の名が記されているのに気が付いた。

確か、海達の出身中学。

「教え子達が立派にやっているか、どうにも気になってしまうのは悪い癖だ。」
 そう言うと、俺の方を見上げて来た。
「よろしく頼みますよ。」
 そんな言葉を告げて、彼は職員室へと入っていく。

よろしく…?何を?

 不可思議な気分だけが残ったものの、時間が押している事に気付いて慌てて走り出す。駅に来ていた電車に飛び乗ると、彼女の姿を見つけた。
 キチンと脚を揃えて座り本を読んでいる少女。亜麻色の髪、翡翠の瞳。
きょろりと周囲を見回せば、部活帰りというには遅い時間なので、学生の姿は疎らだ。
 勿論彼女が夜遊びをして遅くなっているなんて、俺は欠片も思ってないぜ。

「こんばんは。」

 俺は、彼女の前に立ち声を掛ける。
怪訝な表情で上げた顔が、ハッと息を飲むのが見えた。本で隠れた頬の端っこが赤くなっていくのが可愛らしい…なんて思う。
 
「あ、あの…?」
 急に見知らぬ(…ていう訳でもないんだけど)奴に話し掛けられて、少々警戒気味。眼鏡から覗く表情は少し険しい。
 それは、あの夜の彼女を思い出させた。

「以前は、毎朝に顔を合わせてたのに、会えないなって思ってた。」
 手摺に掴まり、少々態とらしいほどに身体を傾けて話し掛ける。身を硬直させてはいても、あからさまに避けない風に少し安堵する。
「…進学クラスなので、補習授業が加わったので、でも…、どうして?」
「海に聞いたんだ、龍咲海。鳳凰寺風さん。中学の同級生なんだって?」
 ニコリと笑うと、眼鏡を通して見える肌も真っ赤になった。
顔を本で覆い隠して、膝の上で鞄を握っている指先がギュッと強くなる。答えようとしてはくれたんだろうけど、発車を告げるアナウンスと扉が閉まる音が風の言葉をかき消した。
 動き出す列車に、身体が揺れる。
顔を上げれば遠ざかる駅の構内から、夜の風景へと変わる。窓硝子に映る自分の顔と、彼女の襟足から見える首まで赤かった。

 心が揺れる。

「ずっと前から、好きだ。」
 
 大きくカーブする車輌に乗っかって、まるで身体が持って行かれるように近付いて、耳元に伝えた。
 さっきと違った、本当に目を丸くした風がパッと顔を上げる。
潤んだ瞳に涙が溢れてくるのを見る前に、彼女は俯く。本を膝に乗せたまま、ただ一度頷いた。

「…私も…。」

 消え入るような小さな呟きが、列車が奏でる喧騒に負ける事なく聞き取れたのは、きっと奇跡。

 ふたりの本当の出会いは、ここから始まるのだ。


 …ただあの夜の彼女もまた、風であるって事だけが、少しだけ気にかかる…。




〜Fin

あとがき
なんとか終わりました。
レイアカップルでの戦闘シーンなど書いてみたかったので、やっちまいました。
ベースはOVAのつもりでしたが、気にしないで下さい(オイ 
 ヘタレな男性陣を書くことが出来て大変満足しております。この後おつきあいするようになり、皆さん尻に敷かれる事と思われます。
そしてクレフとイーグルのポジションが両方モコナだったのは内緒でお願いします。


content/