(パラレルです。我ながら凄まじい捏造なので注意です。) 優しい世界と冷たいヒト 「フェリオ…!!」 場に響いたアスコットの声に、フェリオの目は咄嗟に彼の姿を探した。 けれど視線を逸らしたフェリオの隙を、風が見逃すはずもない。両手を軸として、ヒラリと身を捻り、顎を蹴り上げた。 成す統べもなく、フェリオは地面に転がる羽目になる。遠ざかっていくヒールの音に何とか体勢を戻して身を起こすが、風の姿は既に無かった。 と同時に街路樹の影からアスコットとランティスが姿を見せた。 「…痛ってぇ…」 ヒールの痕が生々しい傷の出血を片手で拭い、しかし彼等の姿にフェリオは息を飲んだ。 「フェリオ、早く怪我を…。」 絞り出す様な声で、アスコットがフェリオを呼ぶ。 アスコットの肩に寄りかかって歩くランティスの脇腹からは、ポタポタと血痕がこぼれ落ちていた。 抑えるランティスの手も血塗れで、脂汗を滲ませた顔には色が無い。 そして体躯の大きいランティスを支えて歩くだけでもアスコットには相当に負担だったのだろう。 それだけ告げると安堵からかアスコットの脚からは力が抜け、彼に身体を預けていたランティスごと地面に倒れ込んだ。 慌てて駆け寄って支えようと腕を伸ばすが、その二人よりも小柄なフェリオでは力不足は否めない。それでも、剣をささえにして、三人揃って道路にキスをする状況は避ける事が出来た。 フェリオの腕が脇を掠める。途端にランティスは呻いた。 「…っ!」 触れただけの手も血で染める出血と、余裕を欠いたランティスの様子に、フェリオは慌てて治癒の為の魔法を掛ける。 直ぐに出血は止まったが疲労には効果がないらしく、未だ支えられない上体はアスコットに替わって、フェリオが肩を貸す格好になった。 重労働から解放され、ペタリと座り込んだアスコットは、額の汗を拭い息を整える。 「一体…。」 「ああ、うん…あの光って子に…。」 躊躇いがちの視線は、ランティスとフェリオを行き来する。油断があったのだろうが、ランティスに此処まで深手を負わせるのも大した強さだろう。 本気ではないと彼女が揶揄していたけれど、これがその結果なのか。 いや違う。 フェリオは思わず首を横に振った。油断のはずがない。きっと、ランティスも己と同じ矛盾をその胸の内に抱えているだけ。 「お前は…戦う気になったんだな。」 「え…?」 身を起こしたランティスは、フェリオの傍らにある長剣と掌で輝くオーブを見遣った。 咄嗟にもう片方の手でオーブを隠したのは、心境の変化に気付かれてたことに、何処か気恥ずかしさを感じてたせい。フェリオの返事も素っ気ない。 「別に、いいだろ…。」 「そうか。」 フェリオの態度を追求するでもないランティスの目は笑っているように見えた。それは、彼の優しさなのだろうが喜んで享受したいとは思わない。 「その、兄貴視線はムカツク…。」 眉を寄せるフェリオにランティスは僅かに目を細めた。 「あらまぁ、貴方も随分とやられましたねぇ。」 暢気なイーグルの台詞に、ランティスの眉間に深い皺が刻まれた。 地面に座り込んでいる三人を見下ろすイーグルの顔は、ほえほえの笑顔。緊張感の欠片も見いだせない。 「…何処に行ってた。」 「まぁまぁ、僕の事なんて気にしない、気にしない。」 ヒラと手を振るイーグルに、アスコットとフェリオの険を帯びる。さっきから、都合が悪くなると姿が消え、その後ひょっこりと戻ってくる。実質的に労働を行わない彼に不満は募っているのだ。 もう、やだ!! 唐突にアスコットの叫びが夜の街に響いた。バンと両手でアスファルトを叩く。 堪えきれない憤りが、アスコットの言葉を叫びにかえている。 「どうして僕等がこんな目にあうのさ!!!なんで…!!」 「それは、先程説明した通りで…「やだ、納得できないよ!!!海と戦うなんて出来るはずないじゃないか!」」 そう叫び、頬を染めて唇を尖らす。イーグルに対する憤りだけではない言葉が彼の唇から漏れた。 「僕まだ海に、大好きだって言ってない。」 瞬く瞳に涙がじんわりと浮かんでいく。 「…言おう、アスコット。」 フェリオの言葉に、アスコットはえ、と顔を上げた。 きょとんと自分を見つめる相手に、フェリオはわざと腕を組み考え込んでみせた。 「だいたいさ、運命とか未来とか、俺には重すぎるんだ。 どうすればいいのかなんてまるでわからない。逆らえばいいのか、従えばいいのか、そんな根本的な事すら検討がつかないんだ。」 う〜んと眉間に皺を寄せて、そしてニカッと笑った。 「だからさ、俺達に出来る事からしよう。」 「出来ること…って。」 「だから、俺も、アスコットも、ランティスだって、何の告白もしてないじゃないか。こんな変な状況じゃなくて、言わなきゃ駄目だろ?」 「フェリオ。」 大きく見開かれたアスコットの瞳には零れない涙が浮かぶ。 「単純明快、俺らしい結論だろ?」 「ホント、フェリオらしいや。」 へへっと笑い、アスコットは袖で涙をゴシゴシと拭った。元気を取り戻したアスコットがフェリオの意見に同調したのは傍目から見ても分かったこと。 「あのね。ほら、また時間が経ってる。夜明けの時間まで後2時間位のはずなんだ。」 ランティスは黙ってふたりを見つめていたが、徐にイーグルを振り仰ぐ。普段となんら変わることもない親友は、なんですか?と笑う。 「イーグル、俺達が夜明けまでに出す勝敗の結果で未来が決まると言ったな?」 ランティスの問いにええと笑顔が肯定する。 「それは、俺達の事か…それとも皆の未来、世界の未来という意味か?」 「この世界の命運が決まるんですよ。」 イーグルの返答に、フェリオとアスコットの表情が固まった。 せいぜい自分達の未来だと思っていた。他人の未来に責を負うなど思いもよらず、自分の考えの浅はかさに言葉が詰まる。 「…フェリオ。お前はそれでも自分が出来る事をしようと言えるのか?」 フェリオは一瞬だけ瞳を揺らし、けれど真っ直ぐにランティスを睨んだ。 「俺は自分を信じたい。だから、自分の選んだ未来を信じる。」 言い切ったものの、曲がりなりにも、ランティスは目上。配慮がたらない等、諭されるかとも考えたが、ランティスは口端を僅かに上げる。 「俺達に託された未来か…ならば、どんな勝敗になろうと俺達が選べば良い。確かにそうだな。」 自分と仲間を信じる事のできない者など、此処にはいない。 他校との試合に望む場であるかのように、ランティスはそう告げると不敵に笑った。 ◆ ◆ ◆ 駅の改札口。ロータリーを囲み芝生がひかれている。そこに置かれたベンチと街灯。少女の啜り泣く声が微かに響いていた。 「そこまで本気にならないなんて、どうかしてるわよ!」 憤慨しているらしい海の声が響く。 そして、近付く気配に振り返った風が小首を傾げた。続けて、両手で顔を覆っていた光に何事か囁く。 ついと上げた、緋色の瞳が夜灯りに潤んでいた。しゃくり上げながら小さな肩を上下させる。 彼女を腕に抱き込んで、海がこちらを睨んでいた。 「どうなさいました?」 丁寧な仕草でこちらを伺う風に、フェリオは太刀を肩に置き、トントンと揺する。 「いつまでも逃げ回ってるのは能がないからな、こうして出向いてやったぜ。」 横に並ぶアスコットやランティスを見遣り、そうして、フェリオは片目を眇めてみせた。 「決着をつけようじゃないか?」 クスクスッと少女が嗤う。 「まぁ、随分と仰々しいのですね。」 「馬鹿ね、弱い犬ほどよく吼えるって言うわ。」 悪意に満ちた海の言葉に、アスコットは真っ直ぐに言葉を返す。 「でも、僕は逃げないよ、海。」 一瞬で険しさを増す美貌の横を抜け、飛び出した光が両手で拳を握りしめ、ランティスを見上げる。 「ランティス…!」 「光。」 ランティスの右手に剣が携えられ、瞳は光を見据えた。 「………俺の本気は、お前にだけだ。」 「嬉しい、私頑張るよ!」 両手で涙を拭うと、満面の笑顔で剣を握りしめる。物騒な物さえなければ、無邪気に笑う光の姿はただ愛らしいはずだ。 胸に詰まる想いが言葉にはならない。フェリオはただ遠ざかるアスコットとランティスの姿を見送った。 「もう邪魔は入りませんわね?」 涼やかな声が背に投げられ、ゆっくりと振り返る。 ふんわりと髪が舞い踊り、風は指先でそっと整える。柔らかな仕草には、先程までの殺気立った様子は窺えない。 「ああ、もう誰にも邪魔はさせない。」 〜To Be Continued
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