(パラレルです。我ながら凄まじい捏造なので注意です。)

優しい世界と冷たいヒト


 文字通り、矢継ぎ早に打ち込まれる風の矢をランティスの剣とアスコットの魔法がたたき落とす。海と光が振り降ろす剣を防ぐのも彼等だった。
 闘う術を持たないフェリオを背に庇う体勢になり、必然的に二人の動きを制限する。大人しく守られるしかない自分が、悔しい。見透かす様に挑発してくる風の言葉に唇を噛んだ。

「…耳を貸すな。お前を俺達から引き離すつもりだ。」

 ランティスの低い声が背中越し聞こえ、言葉の間に息継ぎをする音が混じる。
 光の直接的な切り込みを剣で受け流し、その上風の波状攻撃を受けるのは、海の攻撃を集中的に受けているアスコットも同じで限界なはずだ。
 体力の少ないアスコットは随分と前から肩で息をしていし、2人の制服の裂傷はどんどんと増えていた。
「俺を庇ったままじゃ、限界だ。」
 ぐっと拳を握って、フェリオは振り返った顔を見る。目を丸くするアスコットは、ギュッと眉を上げた。
「無理だよ、だって、フェリオはまだ…。」
「だからって、このまま殺されるのを待ちたいのか!」
「僕達が守るよ!」
「それじゃ、駄目なんだよ!」
 フェリオは握り込んだ拳をもうひとつの手で強く掴む。その掌のオーブは未だ輝きはしないけれど。
「これは、俺の闘いだ。」
 今は間合いを取っている少女達を三人は見遣る。ランティスは光を、アスコットは海をそして、フェリオは風を。
「頼む、行かせてくれ。」
 コクリと最初に頷いたのはアスコットだった。
「わかった。でも、無理したって駄目に決まってる。…それと、ねえ、気付いてる?」
 息を弾ませて、アスコットは笑みを浮かべた。
「時間は経ってるんだ。僕の腕時計と住宅の窓から見える時計って同じ様に動いてるんだ。だから、1時間後にもう一度駅で集まろう。」
「わかった。」
 フェリオはそう返してから、ランティスを見る。無言で頷く相手にヒラと手を振って、少女達と真反対の方向へ走る。
 風が追ってくる事に確信しながら、フェリオは距離を伸ばした。

 ◆ ◆ ◆

 音の無い公園に、ヒールがアスファルトを叩き付ける音が響く。結界を張り、身を交わす事によって逃れても、追いつめられていることに変わりはなかった。
 転がった体勢から起きあがろうと跪いたフェリオの顔は、見下ろす風の笑みで動けなくなる。
 街灯の長く伸びた彼女の剣は、真っ直ぐにフェリオの喉元を指していた。

「まだ、お逃げになりますか? フェリオさん。」

 嘲笑よりもフェリオの苛立ちを煽るもの。
 それが彼女が自分の名を呼ぶからだとフェリオは気付いた。
 知らないはず、知るはずがない己の名前。この奇妙なゲームの為だけに、彼女は昔から知っていたように自分の名を呼ぶのだと、そう思った途端、カッ頭に血が上る。

「俺の名を呼ぶな!!」
「あら、貴方の名前ですわ?」
 クスクスと唇を手で覆い風は嗤う。軽々と操る長剣は彼女の細腕で振り回せそうにもない大きさに見える。
 それが、すとフェリオの肩に向けられた。傷は癒えたとはいえ、そこには先程の攻撃をまともに喰らった大穴が空いている。
「治ってしまったようですけれど、もう一度傷をつくって差し上げましょうか?」

フェリオさん。

 笑みと共に再び名を呼ばれ、フェリオは跪いたまま風を睨み付けた。

「お前は、俺の名前なんか知らないくせに…!
 朝の車輌でしか出逢わない俺の名前なんかわかるはずがないだろ!!弄ぶ為だけに、俺の名を呼ぶな!!!」
 フェリオが吐き出す言葉に、風は顔を歪める。
「違いますわ!」
「何が違う!!」
「貴方の名前は、海さんに聞きました!!」
 風は、初めて余裕の笑みを崩しフェリオを睨み付ける。微かに潤んだ翡翠が見えた。
「私と海さんの出身中学校は同じです。その時から彼女とは友人関係だった。同じ車輌に乗り合わせるようになった貴方は海さんと同じ高校の制服を着ていらしたから、私彼女に、貴方の事を伺いましたわ!」
 頬を紅潮させ、風は尚も言葉を続ける。
「貴方の事を伺うのは気恥ずかしかった。でも、それ以上に貴方の事を知りたかった。名前を伺ったのはその時です。
 海さんのお話をお聞きする度に想いだけを募らせるのは嫌。だから、勇気を出して貴方に話し掛けようと思いました。」

「なのに、貴方は私を避けた!!」

 臆病者。
 
 風が何故と聞いたならば、答えはたった一つだった。
 電車で風を避けるようになったのも、己の本心と向き合う事が出来ずにいたのも。ただ、踏み出す勇気を持たなかっただけだ。
 伺い知る事のない未来に怯えて、先に進む事も出来なかった。巣くった臆病な心が残すのは、ただ後悔だけだと知っていてはずなのに。

「俺は…。」

 ヒタと見据える風の表情を、フェリオは見返した。
くっきりとした大きな瞳。幼い子供の様に瞳の白い部分がくっきりとした印象的な綺麗な瞳だ。透明な翡翠の光は、フェリオの心まで照らす柔らかな輝きに見えた。
 そう、一番最初に彼女に心惹かれたのは、その瞳。
綺麗で優しげに見えて、深淵を覗き込んでくる鋭さを秘めていた眼差し。邪な気持ちなど見破られてしまう、とそう思えた。

「俺は、お前を避けた。」

 言葉は、彼女に届いただろうか。眉間に刻まれる苦痛に似た表情が深くなる。
「でも、お前に非はない。
 俺が臆病だっただけだ。そのせいで、お前を傷つけてしまったのなら、謝るよ。お前は悪くない。」

 風は動かない。剣を握りしめたまま、表情を強張らせたまま立ち尽くす。
驚愕と動揺か、痛々しくも見える風の顔に、フェリオもまた眉を顰めた。
 ある日を境に避け始めた己に、風は心を痛めたに違いない。
好きだと確信していた訳ではないだろう。それでも心に掛けていた人間が急に態度を変化させれば彼女自身は戸惑うに違い無かった。
 聡明そうな彼女の事、自分が何かしたのだろうかと疑念も持ったはずだ。

「鳳凰寺風、俺は、」
「聞きたくありませんわ!!」

 名を呼び、言葉を続けようとしたフェリオを、風が激しく遮った。
きつくした表情でフェリオの肩を示していた剣を、大きく振り上げる。

「何も、聞きたくありません!!!」

 早急に振り下ろされる剣の速度に、防御の魔法が追いつかない。我が身をかばように顔の前で交差させた掌から光が漏れる。
 フェリオはその意味に気付き、右手で左の掌を薙いだ。
刹那、硬質なものが激しく叩き付けられる音が響き、風の身体が反動で数歩後ずさった。
 風の驚愕の表情が映り込む輝き。
 跪いたままのフェリオの手には、彼の身長ほどもある長剣が握られていた。

3児の母さまより

〜To Be Continued



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