その心の導くもの

「分かった、分かった」とフェリオは笑って、精獣を止めた。これ以上、頭の上で羽ばたかれては、堪ったもんではない。
 以前、城の外で魔物に襲われ、片方の翼を折られていたのを、フェリオが助け、この城に連れ帰った。それから、時々、様子を見に訪れていたが、すっかりこの精獣に懐かれてしまったらしい。
 フェリオが来ると、必ず、肩に止まって甘えてくる。
「すっかりいいみたいだな…― よかった」
 安心したように呟くと、フェリオは精獣の頭を優しく指で撫でてやる。
 再び、フェリオの肩に止まった精獣は、彼の顔の覗き込むように頭を近づけてきた。
 炎のように赤い精獣の眼が、瞬きもせずじっとフェリオを見つめている。
「――どうかしたのか?」
 怪訝に思って眉をひそめた、次の瞬間―フェリオの周囲が一転した。

   見知らぬ、暗い空間が目の前に広がっている。
 ―ここは…?
   心に浮かんだ疑問に、
「我の創りし異界―」
 静かな声が応じた。背後からのその声にゆっくりと振り返る。
 そこに巨大な鳥の姿があった。
 四枚の大きな翼を持ち、全身を輝く純白の羽で覆われている。
 長い尾羽と頭の飾り羽を暗い宙に舞わせ、燃えるような赤い眼でフェリオを見ていた。
「おまえは…―もしかして、さっきの精獣か?」
 驚きを隠せないまま、フェリオが尋ねた。
「あれは仮の姿――これが本来の我の姿」
 これが―
 暫らく精獣に見つめてから、周囲に目をやる。精獣の羽の輝きで、どうにか近くは見渡せるが、後は暗くてよく分からない。気配を探ってみるが、何も危険はないように思えた。
 フェリオは、精獣へと視線を戻した。精獣からも害意は何も感じられない。
「――で、俺を異界に引き込んで、どうするつもりだ?」
 くだけた口調で尋ねながらも、その声は固い。
「この異界でなければ、直接言葉を交わすことは出来ぬ――
 我は礼を言いたかっただけだ…―セフィーロの王子」
 一瞬、きょとんとした顔になった。何度か眼をしばたたかせた後、フェリオは困惑ぎみに頭に手をやった。
「―礼って……別に、俺は…―」
「不覚をとって、我は翼を折られてしまった。翼を折られては、我は本来の姿には戻れぬ。王子が助けてくれねば、あの時、命を失っていた…―」
 精獣は翼を広げると、軽く羽ばたかせる。一瞬激しい風が巻き起こり、同時に眩い光の球が現れ、フェリオの前に浮かぶ。
「今度は、我が、礼を返そう――」
 精獣に促されて、フェリオはその光の球を覗き込み、思わず駆け寄った。
「フウッ!」
 光の中に、風の姿が見えた。どこか部屋に閉じ込められているようで、緑色の異国の服を身に付け、静かに椅子に腰掛けている。
「今のこの娘の様子だ」
「今の…―」
 フェリオは改めて、球に映る風を見つめた。
 怯えた様子もなく、落ち着いている。怪我もしてないようだ。
 それを確認すると、フェリオはほっと溜息をついた。安堵の余り、足の力が抜けそうになる。
「この娘、ファーレンに囚われているのだな。
 王子は、この娘を救いたいと思っている――」
「俺の心を読んだな」
   精獣を振り仰ぎ、フェリオは鋭く睨んだ。
「そう怒るな、王子」
 薄く笑うと、精獣は燃え尽すような眼差しでフェリオを見据えた。
「単身、ファーレンの戦艦に乗り込むなどと、セフィーロの王子としては無謀の極みというものだ。命を落すやもしれん――城の者たちにも、止められたのだろう?
 それでも、行くというのは、この娘、王子にとって何だ?」
「俺の大切な人だ」
 即座に返すその声は、異界に凛と響いた。
 真っ直ぐ精獣に向き直り、赤い双眸を強く見返す。拳を握り締め、低い声でフェリオは続けた。
「俺は、姉上を助けることができなかった――苦しんでいた姉上に、俺は何もしてあげれなかった。
 もう二度と、俺は大切な人を失いたくない…―
 見ているだけは、もう嫌だ。俺は、フウを必ず取り戻す――生きて、二人でこのセフィーロに戻る――そう誓った」
 膝を折り、フェリオは深々と頭を垂れた。
「頼むっ! 力を貸して欲しい。俺の力ではこの城から出ることもできない――
 ファーレンの戦艦まで、送ってくれるだけでいい――頼むっ!」
 叫ぶように一気に言い放ち、フェリオはじっと応えを待った。
 暫しの沈黙が訪れる――
 身じろぎする微かな気配を感じたが、フェリオは跪いたまま動かなかった。
 やがて――
「頭を上げよ」
 柔らかな声がフェリオの耳に届いた。
「王子の決心の程を見せてもらったまで――我の力、喜んで王子に貸そう」
 はっと顔を上げると、そこは見慣れた緑の広場に戻っていた。
 咄嗟に夢かという思いが浮かんだが、目の前に佇む一羽の鳥が、それを打ち消した。仮の姿に戻ってはいたが、力を発動させた名残りか、純白の羽が淡く光っている。
 翼を広げると、ふんわりとフェリオの肩に乗った。穏やかな光を、赤い眼に宿して、フェリオを見つめる。
「……ありがとう……」
 瞼を閉じ、震える声で囁いた。
 大切なものは誰にも渡さない…―フウは必ず俺が取り戻す――
 その決意を胸に、フェリオは城門へと駆け出した。



05.06.22  05.06.30改定 〜fin



五十嵐様から頂いてしまいましたぁああ!!ぶちのお話を読んで思い付いて書かれたそうで…光栄の行ったり来たりでございます。迷惑だなんて、ミトコンドリアの額ほども無いです!王子様がかっけぇええvvvv どうぞぶちをファンクラブ会員に入れて下さいませ。五十嵐様ありがとうございました。 back