Green[10] 笑顔


 風の笑顔は柔らかで、綺麗だ。
 勿論、自分に向けられた場合に限るのだけれど。


「ファーレンの皇女はホントに風の事気に入ってるわね。」
 頬杖をつきながら海が言う。
 その視線の先には、風とアスカの姿。アスカは風の名を呼びながらクルクルと、彼女の周りを子犬のように付いて廻っている。風は柔らかな笑みを浮かべて、少女と会話を交わしていた。
 アスカは、風の興味をずっと自分に引きとめておきたいようで、お茶を持ってきたり、ファーレンのお土産をひろげて見せたり、一生懸命だ。
「負けてるわよ。」
 チラリと見た方には、フェリオの姿。同じく頬杖ついて風の姿を見ていた。
「何がだよ。」
 不貞腐れたような声が、海の意図を理解している事を示している。
「海さん!フェリオ!こちらにいらっしゃいませんか?。」
 ふいに風の声が響き、二人が顔を向けるとサンユンに持ってこさせたのか、大きな赤い絨毯を庭に広げて飲茶の支度を始めていた。
「あら、美味しそう。」
 そう呟いた海とは違い、フェリオは首を横に振ると立ち上がった。
「フェリオ?」
「俺はいい。」
 海にそう言い残すとクルリと踵をかえす。そのまま、フェリオは部屋を出て行った。



 しばらく廊下を歩いていると、軽い足音が聞こえてくる。振り返ると、風が走りよってくるのが見えた。
フェリオは黙ってそれを見つめる。
「どうかなさったんですか?」
 フェリオの横で足を止めた風は、そう尋ねた。フェリオの機嫌があからさまに悪いのはわかっていた。  しかしその理由が風にはわからない。
「アスカさんが皆でとおっしゃっておられるのに。」
「…俺はいいと言った。お前こそ皇女のお相手はいいのか?」
「それは…。」
 フェリオを見る風の表情が戸惑いになり、眉が歪む。
「フウ!迎えにきたのじゃ!!」
 パタパタと足音がする。アスカが風の横に滑り込んでくると、風はアスカに微笑みかけた。微かにフェリオの顔が強張る。
「わざわざ来て下さらなくても、よろしかったのに。」
「早くフウと食べたいのじゃ〜!!」
「でも…。」
 ちらとフェリオを見る風の表情は笑顔では無い。フェリオも無言。
 立ち竦んでいる風の手をギュッと両手で握り、アスカは『行くのじゃー!』と叫ぶ。全体重をかけ、風を引っ張ろうと頑張っている。
 表情を緩め、フェリオは溜息をついた。
「俺のことはいい。付きあってやれ。」



 中庭の木。大振りの枝で昼寝をしているフェリオに風が声を掛ける。
「ここにいらしたんですか?」
 ん?と眼を開け、自分を見上げる風に驚いた顔を向ける。「皇女はどうした?」
「アスカさんはお勉強のお時間だそうですわ。フェリオはどうしてこちらに?皆さんといらしゃるとばかり思っていましたわ。」
 風が一人なのに気付くと、フェリオは苦笑いをしながら本心を口にした。
「つまらないんだ。お前が側にいないと…。」
『まあ』と風は口元を手で抑える。
「だから、一緒においで下さいと申し上げたのに。」
「あのまま一緒に行ったって……わからないのか?」
 風には、未だわからないらしい。普段はとても聡い想い人の感の悪さに、フェリオは呆れた。
溜息をついてトンと木から飛び降りる。
 戸惑う風の前に降り立ち、額に手を当てるとまた溜息。
「妬いてるって言ってるんだよ。」
「アスカさんにですか?」
 驚いたような咎めるような口調の風に、フェリオは笑みを浮べる。
「お前の笑顔が、俺を向いていないのなら誰にだっていっしょだ。」
 そして、風の頬に口付けを落す。
「フェリオ」
 風の頬が紅く染まり、唇が触れた部分に手を当てる。そして、彼を見上げて微笑んだ。自分だけを写す潤んだ瞳に、フェリオの眼が愛しげに細められる。
「そういう笑顔は、俺だけにしてくれ。」



〜fin



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