Green[6] 王子


「王子、これなんだけど?」
 書類を手にしたアスコットが執務室の扉を開けると、その書類は強い風で一気に吹き飛ばされた。
「!?」
 何事かと目を見開くと、天井まであろうかという大きな窓は全開に押し広げられていて、比較的高い位置にあるこの部屋へは強風が吹き込んでいる。
 そして、その窓枠には、片足を掛けたフェリオの姿が見てとれた。
「王子!?」
「何だアスコット。」
 特別な事は何も無いかのように飄々と返事を返すフェリオに、アスコットは一瞬答えに詰まる。
「急いでるんだが、用事があるのか?」
「この書類に目を通しててっていうか飛んじゃったよ!!」
 慌てて、廊下にまで散らばっている書類を拾いはじめたアスコットを見ながら、フェリオはニヤリと笑う。
「時間がかかりそうだな、後で聞く。」
 そう言うと、フェリオは一気に窓の外に身を躍らせた。
「ええ!??」
 驚いたアスコットが、窓から外を見たときには彼の姿は何処にも無かった。



「…という訳で王子に逃げられました。」
 素直に白状したアスコットに、クレフは腕組みをしたまま何も言わない。もちろん、怒りのオーラは全身から放たれている。
しかも、怒りのオーラを出しているのは彼だけではない。
「この頃同じ時間に城を抜け出しておられるようですな。衛兵が城下町で見たと報告してきております。」
 クレフにそう告げたラファーガも、温厚な表情の奥に燻る怒りがはっきりと目に見える。
「…どうも、ご自分の立場が、充分にお分かりになっていらっしゃらないようですな…。」
「そのようですね。導師。しっかりとご説明になられてはいかがですか?」  二重に燃え上がる怒りの炎を見せ付けられて、アスコットは震え上がる。
「え…あの…僕責任をとって王子を捜して来ます!!!!」
その場にいたたまれなくなったアスコットは一目散に城下町へと走り出した。



「全く…王子のくせに気まぐれなだから〜。」
 ブツクサいいながら街中を闊歩する。あの目立つ出で立ちでどこに隠れられるというのだろうか?かなりの時間探してはみたが見つからない。
 だいたい何をしているのだろう?。
 城の生活は自由がないから、外で羽を伸ばしているとか。
 仕事の山を見るのが嫌になったとか。
 好きな娘にでも会いに行っているとか…いや魔法騎士にベタ惚れだからそれはないか…。
「何にしたところで、巻き込まれる僕の事も考えて欲しいよ。」
 街のはずれまでやってきたアスコットは、遠目に見えるセフィーロ城を横目に溜息をつく。
「じゃあな。」

 聞きなれた声にアスコットは振り返る。お尋ね者のフェリオ王子が、小さな男の子に手を振っている。
「明日も来てくれる?お兄ちゃん。」
「そうだな。」
 フェリオは男の子の目線までしゃがみ込むと、頭を撫でながら微笑んだ。
「お前が、今夜も一人で眠れたら来てやるよ。」
「僕もう5歳だから一人で眠れるもん。お母さんの仕事の邪魔なんかしないよ。」
「だな。じゃあ、明日も来るよ。」
 立ち去るフェリオの後をこっそりと尾行しだしたアスコットは、その家が見えなくなった頃に王子の姿を見失った。
「…あれ…?」
「何やってんだ。アスコット。」
 いつの間にか後ろに立っていたフェリオに、アスコットは驚いて跳びすさる。
「そ、そ、それはこっちの台詞だよ。王子こそ城を抜け出して何やってんるんだよ。あの子供、まさか隠し子!?」
フェリオは腰に手を当ててアスコットの方にズイと顔を寄せる。目を細めてニヤリと笑った。
「本気で思ってるか?」
「いいや、思ってない。」
 ふるふるとアスコットは頭を振った。フェリオは暫く黙っていたが、口を開く。
「あの子の父親が魔物に殺されてな。城の方で母親に仕事は紹介したんだが、あの子はひとりぼっちで留守番しなければならなくなってしまった。んで様子を見に来てた。」
「王子が…?わざわざなんで?」
 フェリオは、自嘲の笑みをその端整な顔に浮かべながら瞼を閉じる。
「俺が王子だからといっても、セフィーロの国民全てに手を差し伸べてやる事など出来ない。」
 そんな事当たり前だ。アスコットはそう思う。前のセフィーロだってあんなに平和な国ではあったが、自分とその友達は居場所を見つける事は出来なかった。
「だから、だだのフェリオとして手助けをしたいと思ってさ。」
「でも、あの子一人助けたからと言っても…。」
 一体何の意味があるのかと問いかけようとしたアスコットの言葉を遮るようにフェリオは顔を上げてこう言った。
「王子として助けられなかった人間が一人減る。」
 アスコットは、その言葉に大きく目を見開いた。
「何だよ…なんか変な事言ったか?」
 何故アスコットが驚いたのか判らない様子のフェリオはそう言った。きょとんとした顔に、何の気負いも無い。
「…変って言うか…凄いよそれ…。」
 自分は『王子』と確かに彼の事を呼んでいた。
 それは、他の人がそう呼ぶからであり、彼がエメロード姫の弟だったからだ。それにどんな意味があるのか…なんて考えた事もなかった。


でも、今は思う。彼はセフィーロの『王子』に相応しい。


 さて、帰るかと言ったフェリオに、アスコットは思い出したように言う。
「ねぇ王子、導師とラファーガがやる気満々で待ってるけど…。」
 途端、フェリオははぁ〜と溜息をつきながら、両手でアスコットの腕を掴むと頭を垂れる。小さな子供のような仕草にアスコットは笑う。
「問題はそれだよな。」
 ごめんで済めば警察(はあるのか?)はイラナイという勢いの二人に取り囲まれての説教は、考えただけでもゾッとする。
「僕も一緒に謝ってあげるよ。」
 え?と顔を上げたフェリオにアスコットはにっこりと微笑んだ。
「今度は僕が手助けしてあげるよ。」
「すまん。」
そう言ってフェリオも笑った。

この『王子』ならきっとこの国を幸せにしてくれる。だから、僕も精一杯の手伝いをしたいんだ。


〜fin



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