Green[3] 聡明 セフィーロの街を歩いていた風は、その店が出入りするのも大変そうなほど花を生けているお店を見つけて立ち止まった。恰幅のいい女店主がすっぽりとその中に納まり、訪れる客達に愛想よく花を売っている。 その店で花を買い、風の横を通り過ぎていった女性達の言葉がなおも彼女の興味を引いた。 「こんなに綺麗なお花見た事がないわ。」 「本当ね。」 とても大切なものを手に入れたように、彼女達が大事抱えた花を見て風も息を呑んだ。まるで硝子細工のような花。透き通って見える花弁なのに、光に輝くと虹色に見えた。 吸い寄せられるように店先に足を運んだ風は、間近で見た花に魅せられる。見れば見るほど溜め息が出る程綺麗だった。 「すまんね。お嬢さんその花は稀少でね。売ってあげたいんだがもう予約が入っているんだよ。」 あまりにも熱心に魅入っていたのか、女店主が声を掛けてきた。風は慌てて頭を下げた。 「こちらこそ、申し訳ありません。商売のお邪魔になっておりませんでしたか?」 顔を上げた風に、女店主は豪快に笑った。 「可愛いお嬢さんがお花の前に立ってたって、商売の看板になっても邪魔になんぞなるもんかね。」 彼女の言葉に風は頬を染めて微笑んだ。勿論お礼の言葉も忘れない。 「どうしたんだ?」 ふいに掛けられた声に、風は驚いて振り返った。 「フェリオ?。」 語尾に疑問系が付いたのは、そこにいた彼が近頃見慣れた彼ではなかったから。王子用の衣装では無く、旅をしていた頃の服装に近い姿をしている。唯一の違いは、剣を背負っていない位か。 「どうなさったんですか?今日は一日城でお仕事をなさるはずだったのでは?」 風が驚いたのはフェリオの服装だけでは無い。彼が今日は仕事で出られないと聞いたからこそ、一人で街に出てみる事にしたのだから。 「ちょっと…野暮用。」 苦笑いをするフェリオに風は口元に手を当てた。クスリと笑う。 「また、城を抜け出していらしたんですね?」 「ま、そういう事だ。折角会えたんだ、風も付き合え。」 街からは、かなり外れた場所にある小さな農園。十数頭の牛に似た精獣が放牧されている。 フェリオはその囲いのなかに積まれた干し草をまとめていた。風はその側に立っている母屋に置かれた椅子に座っている。 額の汗を脱ぐいながら作業を続ける彼の姿を見ていると、その農園の持ち主だという老人が風にお茶の注がれたカップを差し出した。風の顔を見て、皺だらけの顔をくしゃりと笑みにかえる。 「お待たせして申し訳ありませんな。」 「いいえ。私こそ急にお邪魔して申し訳ありません。」 「何、お客様はいつも急なもんじゃ。」 風が笑顔でカップを受け取ると、老人も風の横に腰掛ける。世間話など交わしていると賑やかな子供の声がした。数人の子供達がわらわらとフェリオの側に駆け寄っていた。 「近所の悪ガキ共だ。」 そう嬉しそうに言う老人は、こう続けた。 「彼らもフェリオを待っていたんですよ。」 「フェリオはよくこちらへ伺うのでしょうか?」 その問いには老人は首を横に振る。 「殆ど姿を見る事はないのですが、この時期になるとふらりと姿を見せてくれます。もう何年になるでしょうね。息子を亡くしてからですからかなり経ちます。」 その言葉に風は眉をひそめた。笑顔を崩すことがないからこそ、老人の悲しみの深さを感じた。 この老人には亡くなった息子さん以外に身寄りはいないようだ。風は、フェリオを見つめる。 「わかりましたわ。フェリオは、人手が必要な時に伺っているんですね。」 その言葉に返事は返さなかったが老人はにこりと笑った。 「まだ、やってんの〜フェリオ遅っそい〜!!」 「フェリオ遊ぼうぜ。」 子供達は呼び捨ての上溜め口だ。フェリオは少しだけ手を止めて子供達を見るが、怒る様子はない。 「生憎と俺は手伝いが終わってないし、遅いからお前らと遊んでる暇は無いな。」 空を見上げてやれやれと首を振って見せたフェリオに、子供達は一気に不満そうな顔になって、リーダー格の子供の顔を見る。 腕組みをしてそれを見ていた子供は、偉そうに口を開いた。 「仕方ねぇなぁ。お前ら手伝ってやれ。」 その言葉を合図に子供達は手際よく干草をまとめていく。フェリオが一人でやっていた時より数倍早い。 自分を見ている事に気が付いたフェリオは、風にウインクをしてみせる。風は頬を染めた。 その間にも作業は進み、全てを片付けるとフェリオと子供達は遊び始める。 こうして見ると彼もまた子供だ。全く違和感も無い。微笑ましい光景に風の笑顔も途切れない。同じように様子を眺めていた老人が独り言のように話し掛けてきた。 「彼の素性はよく知りません。彼が何者で何処に住んでいるのか…。」 老人はそこまで言うと風の顔を覗き込んだ。その『何か』を風に尋ねたいのだろう。しかし、彼自身が口にしない事を風は告げる気にならなかった。 柔らかな笑みだけを返した風の様子に、老人も笑みを浮かべる。 「お嬢さんはとても聡明な方のようだ。わしはフェリオに何もお返しが出来ないが、わしの代わりに彼を助けてやってはくれないかね。」 老人の言葉に風は驚いて目を見開いたが、大きく頷いた。 「はい。」 彼女の笑顔につられたように、老人も微笑む。そして、ああと付け加える。 「フェリオには内緒にしておいてくれ。」 「爺ぃ!!」 子供の一人が、手に何か持ちながら老人の方に走ってきた。 その手の物を見た風は吃驚く。彼が持っていたのは、花屋でみた虹色に輝く花。 「これおっさんとこの牧場で見つけたんだけど、貰っていいか?」 老人は笑った。 「小遣い稼ぎか?街で高く売れるらしい事なら、わしも知っておるぞ。」 「ばれたか。」 ぺろりと舌を出した子供に、風は思い切って声を掛けた。 「すみません。少し見せていただけませんか?」 一瞬驚いた顔をしたが、子供は風に花を差し出した。 お礼を言って、手取ると花は小さく揺れる。ガラス細工のように見えるのに、確かに生花。手触りも花のそれだ。 クルリと手の中で回すと、角度によって色が様々に移ろう。 ほおと思わず感嘆の溜め息が風の口から漏れた。 他の子供につれられ、風達の側に来ていたフェリオは、子供と風をちらりと見た。 「なぁ。その花、風にくれないか?」 「ええ〜!?なんで!?」 酷く不満そうな子供に『頼むよ。』とフェリオは両手を合わせて拝んでみせる。 「何だよ?フェリオの女か?。」 子供の一人がからかうと、その言葉に風とフェリオが顔を赤くする。はは〜と顔をにやつかせてから花を見つけた子供が風を見た。 「しゃあねえな。男は女の前で良い格好をしたいもんだからな、譲ってやるよ。」 「ありがとうございます。」 花を手に綺麗に微笑む風に、子供も頬を染める。フェリオはその子の頭をぐりぐりっと撫でた。生意気だ。そう小さく付け加えながら。 セフィーロ城の執務室。 今日も黙って城を抜け出した王子にクレフのお小言が続いている。 …とノックの音とともに扉が開いた。 「申し訳ありません。フェリオに用事があるのですが…今はお忙しいでしょうか?」 困った顔で声を掛けてきた風に、クレフは表情を緩めた。いいやと首を横に振る。 「王子もこれから御慎み下さい。」 「申し訳ありません。」 深く頭を下げて部屋から出ていく導師を見送ってから、フェリオは風の側に寄った。 「助かった…。」 心底ほっとした表情に風は微笑む。 「お礼ですから。」 彼女の視線の先には、虹色に輝く花が生けられている。風はそれを見つめながら柔らかく微笑んだ。 「花の…か?」 首を捻ったフェリオの顔を見て、風はクスリと笑う。 「秘密ですわ。」 〜fin
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