「ランティスとフェリオが手合わせしてるんだ。」
 そう光が告げた。
「ねぇ風ちゃん見に行こうよ。」


Green[1] 優美


 凄い凄いと隣で光が両手を握りしめながら何度も呟いている。
道場の娘で手合わせなど見慣れているはずの彼女も感嘆の声を上げるほど、二人の剣士の動きは素晴らしかった。
 風も息を飲み、魅入ってしまう。
 ランティスとフェリオが使っているのはそれぞれの愛用の剣。
 城の中にある広い庭に、それが触れ合う高い音が響く度、ドキリと心臓が鳴った。
 体格的にはかなり差がある二人だが、それぞれの特性を活かして相手に打ち込んでいく。ランティスはその高さから打ち下ろす重い剣を、フェリオは瞬発力を活かした素早い動きを。
フェリオの剣が向かう先には、確実にランティスの剣が先回りしており、ランティスの剣が振り下ろされた先にフェリオの姿は無い。
 結構な時間が経っているにもかかわらず、息が乱れる様子が無いのは、二人の動きに何の無駄もないからだろう。
 元々定められた軌道をなぞるような滑らかな動きは、彼等の力量としか言い表す事は出来ない。風も光も時間を忘れて見つめてしまう。

 ふいに、二人の距離が空き、にかっとフェリオが笑った。
「今日は此処までにしよう。」
「そうだな。」
 ランティスが愛用の剣を仕舞うと、光が子犬のように走り寄る。
 光は瞳をきらきらと輝かせて「凄い」を連呼している。
 風も木に掛けてあった手拭で汗を拭いていたフェリオの側に寄った。フェリオも風の姿を見ると無邪気な笑顔を見せる。
「来てたのか、全然気付かなかった。」
「見学がお邪魔にならなくて良かったですわ。」
 風はそう言ってにっこりと微笑んだ。
「拝見しておりましたが、何だか息が詰まってしまいそうでした。」
「ランティスは強い。やっぱり、俺では歯が立たないな。」
 フェリオの視線は真っ直ぐにランティスを見つめた。悔しいとその瞳は語っている。しかし、風にはそう思えなかった。
「いいえ、そんな力の差など微塵も感じませんでしたわ。お二人の立ち合いが優美で…そうですわね。まるで…。」
 人差し指を顎にあてて、少しだけ考えてからこう続けた。
「踊っているようでしたわ。」
 その言葉に、フェリオの目はまん丸になった。剣士の顔が一気に少年の顔に変わる。
「俺と?ランティスが、踊る?」
 驚く言い方だっただろうかとは思ったが、何よりその言葉は、風の思っている事とは違った意味を伝えてしまったようで、一体何を想像しているのか、フェリオはそのうち青くなり俯いた。
 なんとなく落ち込んでも見えるそれを、風は困った顔で見つめる。

『褒め言葉のつもりだったのですが…。』

 何と言って説明したら判って頂けるのでしょうかと風が頭を捻っていると、ランティスと目が会った。 無口な剣士は微かに微笑んでいる。
そして、彼はフェリオの側に近付くと頭を数回軽く叩いた。
憮然とした表情でフェリオが顔を上げると同時に口を開く。
「王子、彼女は剣舞の事を言っているのだ。」
「…剣舞…?組み手の事か?」
「まあそうだろう。俺とお前がダンスを踊っても彼女が喜ぶとは思えない。」
 無口な剣士に似合わない奇天烈な冗談をフェリオは笑おうとはしなかった。
「……気色の悪い事を言うな。」
 フェリオはそう言うと口と眉をおもいきり歪めてみせる。それを一瞥すると、ランティスは笑みは崩さず光を呼ぶ。
「行こう。」
 そう言われて、光はにっこりと笑うと頷いた。
「じゃあ後でね。風ちゃん。」
「はい。」
 風は二人に小さく会釈をした。



「踊る様だから優美…か?。」
 二人を見送ってから、フェリオがポツリと呟いた。それは、腑に落ちないといった言い方だったので、風はクスリと笑う。
「上品で美しい事と言う意味で使いますわ。私はそう思いましたので、お伝えしたんですが…。」
 風はそう言ってから、先程の様子を思い返した。

『剣を用いて舞う。』

 ランティスの言葉は、確かに相応しいように感じた。達人の剣さばきは、舞うようだと聞いた事がある。
「本来は命のやりとりをする真剣なものだからでしょうか…とても清々しく美しいと感じました。」
 フェリオは、黙って風の話を聞いていたが、首を横に振った。
「それなら、俺は初めて弓を引くお前を見た時にそう感じた。」
 フェリオはそう言うと、フウの左手を自分の手の上に乗せる。そして、覗き込むように風の瞳を見つめた。
「一点を見つめる澄んだ眼差しと、引き絞った弓のこの指先まで伝わる緊張感。空気すら変わった感じがした。」

 そして、お前の姿は

『息を飲むほどに美しかった。』

 彼はお世辞を言う性格では無いし、剣士として相手に敬意を払う人物。風はその讃辞を受けた。同じく武道をする者としても素直に嬉しい。
「光栄ですわ。」
 頬を染めた風の表情を見て笑みを浮かべてから、フェリオは風の指先に口付けを落とす。更に赤くなった風にフェリオはこう続けた。
「だから、『上品で美しい』なんて言葉はお前にこそ相応しい。俺に使うな、勿体ない。」
 肩を竦めてフェリオが笑う。その言い草に今度は風の目がまん丸になる。そして、二人の笑い声が中庭に響いた。



〜fin



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