目が合った、瞬間が、永遠 穏やかな一日は、ゆっくりと過ぎていた。 雑務という名の仕事をこなしながら、フウは侍従長が入れた紅茶を口にしたところだった。贅沢は出来ないから、安めの葉を使っているものの、丁寧に入れられた茶は香りたかく美味しい。 今は背を向けているので青空も緑豊かな森も見えなかったけれど、開けはなった窓からは爽やかな風が流れ込んでくる。 張りつめているようで穏やかな、それは普段の一日だった。 「フウ王女。」 ふと窓に目をやった侍従長がフウを呼ぶ。どうしましたか?と問えば、背後を指さした。 椅子をくるりと回して見たのと同時に、窓枠にウインダムが舞い降りる。トントンろ両足を置いて、フウの顔を覗き込む仕草で小首を傾げた。 フウも思わず小首を傾げる。 「まぁウインダム、どうなさったんです、こんなに早く。」 寝室の鳥篭から彼を送り出して、さして時間は過ぎていない。自分だって午前のお茶を楽しんでいるほどで、普段の愛鳥からは考えられない行動だ。夜を待たずして帰ってきたことなど、天候不順以外は考えられない。 「今日はフェリオのところへ行かなかったのですか?」 フェリオの名を口にすれば、ウインダムはバサリと羽を広げてフウの間近にふわりと降りる。それでも二回、三回と羽根をバタつかせて、鋭い爪で、幾度か窓枠を引っ掻く。ウインダムは(森の王者)と呼ばれる大型の鷹だが、仕草はまるで拗ねた子供のようだ。 「どうしたのでしょう?」 「ひょっとして、森番の方が見当たらないのでは?」 フウの横からウインダムを覗き込んでいた侍従長が言う。フウは侍従長とウインダムを見比べて、目を見開いた。 「ウインダムが見つけられないものがあるのですか?」 「いえいえ、姫。それを私に言われましても。」 「ですわよね。」 ふむと頷き、もう一度愛鳥に目を向ける。ウインダムはケッケッと甘える様に小さく啼いて、やはり首を傾げる。ウインダムの行動自体がおかしいけれど、仕草も普段とは違う。 フウは暫く考えていたが、侍従長にこう告げた。 「私、午後からフェリオのところへ行って参ります。」 ◆ ◆ ◆ 夕焼けを追いかけるようにして、フウは森のお化け屋敷に出向いた。 思いの外執務に時間を取られてしまった故の時間だったが、明日に持ち越す気にはどうしてもなれなかったのだ。 こうして薄暗い森に来てみれば、共の者を断って来てしまった事に少し後悔してしまう。森の中に佇むお化け屋敷は、本物のお化けが住んでいるかのように密やかだ。 日も落ちて、眼力が覚束無いだろうウインダムは、門の外に聳える樹で待つよう命じて、フウはさび付いた門に手を掛けた。 朽ち果てる寸前の様相を呈した門を押すと、ギィイイと不吉な音が響く。物事にあまり頓着のないフウでさえ、一瞬どきりとする音だ。人はひとり通るだけの隙間を開けて、フウはスルリと中へ入った。 近くで見ても、火が灯る様子はない。 フェリオの姉がザガートの元へ嫁いで後は、彼以外に住む者はいない。ウインダムが見付けられなかった彼は、家にいる訳でもない。 どうなさったのでしょうか? フェリオの身に何事か起こったのではないか、と囁く脳裏に不安が過ぎる。それでも気を取り直して正面の扉へ向かった。鍵を掛けて外出すしない事を知っているフウはゆっくりとの留め金を引き落とし、不気味な金属音の響く扉を開けた。 「御免下さい。」 灯りの無い部屋は、微かに埃っぽい。(フェリオ)と呼び掛けてみても、勿論返事は無かった。とにかく、彼は此処にもいないらしい。 どうしたものかと思案しているフウの背後からふいに声がした。 「…おい。」 「きゃあ!!」 悲鳴を上げ、その声がだだっ広い屋敷に響いて心臓が踊る。びくぅと肩を揺らして振り返れば、憮然とした表情のフェリオが立っていた。 琥珀の瞳を訝しげに細め、眉尻を上げている。 「フェリオ…急にお声をお掛けになって驚いて仕舞いましたわ。」 目をぱちぱちさせてから、フウはにこりと笑みを浮かべた。フェリオは手に持ったランタンから火種を取り出すと、釣燭台に移した。部屋が明るくなれば、外がも日が落ちていたのだと改めてフウに思わせる。 そうして、フェリオはもう一度フウに向き合った。 彼の服装が見慣れた物よりも重装な事に驚き、フウは目を見開いた。 厚めの上着、幾重にも肩に巻かれたロープが上着の肩に付いた留め具で固定されている。ズボンも勿論厚く、ブーツは金具で左右が止められた上に圧底だ。丈も長く、膝まであった。 特筆すべきは、彼の服装ではなく髪の毛から足先まで全体的に薄汚れて、あちこち泥だらけだという事だろう。 「驚いたのはこっちの方だ。お前こそ、なんで いるんだ?」 「ええ、その、ウインダムが…。」 言葉では説明しようと試みるのだが、彼の姿が気になり言葉が続かない。 「ウインダムがどうした?」 「ですから、そのウインダムが…。」 じいっと自分を見つめているフウに、フェリオは後ろ頭をガリガリと掻いてから溜息をついた。 「なんなんだ、お前は。」 「あの、それは…。」 流石に気を悪くしたのだろうかと思えば、頬を赤らめる。 「ジッと見るな、俺が視線に困る…。」 まぁと声を上げたフウはクスクスと笑った。 お題配布:確かに恋だった content/ next |