forest story(バレンタインパラレル) ヒミツ 「毎日熱心だな。」 庭園に出る扉に凭れ掛かり、腕組みをしていたランティスは、フェリオが横を通り過ぎると同時に、そう言った。 「…動かないんで、銅像かと思ったよ。」 フェリオは、斜め上を見上げ溜息を付いてみせた。それは、今この状態を示している訳ではない。この城へ滞在してから、雑務の全てフェリオに回され、本人は時々ふらりと何処かへ行くより他には、招待された部屋から動こうともしない。 イノーバ王子の相手もたまには変わって欲しいと頼んだが、軽くあしらったのは一体誰だと思ってる。だいたい、騎士だったのはお前だろうに。 「手紙だ。」 剣士の手にある封書を見て、フェリオは目を剥いた。 「…どうして、封が空いている。」 「気にするな。」 「俺宛の手紙だ! 気になるにきまってるだろう!」 ランティスの腕から奪い取ってみれば、姉−エメロード−と義兄−ザガード−の署名。嫌な予感に、便箋を広げ斜めに読むとランティスを睨み付けた。 「告げ口…「別に…聞かれたから答えただけだ。」」 「ふざけるな。他国にいて誰に聞かれ…。って、まさかお前、最初に遅れて来たのはこのつもりだったんじゃ…。」 しかし、黒衣の剣士は既に銅像に戻っていた。素知らぬ顔で『行け』と呟くと、皇室領を顎で示す。 貴方はそれでいいのですか? 確かに昔からフウ王女への想いを深く封印をしていた貴方です。フウ王女もまた、国の為優先お考えになる聡明な方、それでもおふたりとも何かが間違っていると私は思うのです。 「こんなの、卑怯だろう。」 自分も、フウも覚悟を決めた。明日の儀式で公式に発表の運びとなるだろう。それを今更。フェリオの怒りにも似た苛立ちは、ランティスに向けられる。 「…まさか、フウにもこんな進言をしたんじゃないだろうな。」 「王女は、お前よりも強情だ。俺の言葉など、聞き入れては下さらない。王女が、本当に耳を傾け心を開くのが誰なのか、お前は良く知っていると思っていたんだがな。」 ランティスの言葉に、ぐっと息を飲みフェリオは言葉を探したが、飲んでしまったそれは、口には上がってはこなかった。 そうしてランティスに引き止められ、フェリオが約束の場所に足を運んだのは随分と時間が経った後だった。勿論そこには、イノーバ王子の姿は無い。 謝罪の言葉と共に彼の部屋へ出向いたフェリオは、ノックと共に顔を見せた男に眉を顰めた。あるいは、普通の貴族ならば気付かなかったかもしれない男は、手配書で見た事のある顔。客室にいる人間達も人脈というには胡散臭い。 「ああ、フェリオ。」 悪戯めいた瞳で、イノーバが嗤う。少々困った顔になるところが、何処かフウに似ているのかもしれない。…フェリオはそんな事を思った。 「どうも、拙いところを見られてしまったようですね。」 「…別に…。」 フェリオは、ちらと視線は送ったが興味はないと言い加える。王子が焦臭い連中とつき合いがあるのは、知っていた。自分が知っている事をフウが知らないはずがなく、彼女はそれを認めた上で、明日の婚姻に望もうとしているのだ。 自分がとやかく言う立場ではない。 しかし、イノーバはそうとらなかったらしく、綺麗な表情を歪めた。 「貴方のその余裕…気に入りませんね。」 彼の雰囲気が不穏なものへと変わり、フェリオは身構える。 普段王子様然としているが、彼自身はかなりの策略家だ。フウ同様、着飾ったお人形ではありえない。 「フウ王女に恋情を頂いている、実直という名の間抜けな騎士かと思っていましたが。これは少々失礼な見方のようでした。」 背中に回った兵士から両腕を抑えられる。睨みあげたフェリオにイノーバは軽く嗤ってみせた。 「お前はフウを知らない…。」 動くと腕の鎖がじゃらりと音を立てた。フェリオはうんざりしながら、それを眺め横に立つイノーバを見上げた。 こんな事をしなくても俺は邪魔はしない。それよりも、此処から出せ。何度も、フェリオにしては根気良く懇願した言葉は悉く無視され、最後にはそう呟いた。 「…貴方は知っていると?」 「少なくとも、あんたよりはな。王子様。」 侮蔑の言葉を吐くと同時に横面を張られる。「本当に、面白い事をいいますね?」 「たとえ貴方が儀式に出席しなくとも、姫君が他の男のモノになるのを認められずに逃げ出した。普通はそう考えるでしょう?」 は。フェリオは、溜息ともつかない声を出すと、口に溜まった赤い唾を吐き出した。 「普通ならば…な。」 何も知らない奴らならそう思うのかも知れないが、相手はフウだ。 美しく優しく、誰よりも強い女。 「お前は、フウを甘く見ている。このまま何事もなく儀式を終えたければ、俺を解放しろ。フウに害を与えない限り、俺はお前に仕える。」 「そんな戯れ言、私に信じろというのですか?」 馬鹿にした表情で自分を見下ろすイノーバは、実際普通なのかもしれない。 それでも、フウに誓った忠誠は本物で。イノーバがその伴侶になるのなら、口にした言葉は真実だった。 「心配しなくても、婚約式が終われば解放して差し上げますよ。言葉通り、貴方は大事な手駒のひとつですから。」 〜Fin
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