forest story(バレンタインパラレル) 好きと愛してる 駆け引きは嫌いじゃないとフェリオは思う。 相手との綱渡りは、時として胸躍るような高揚感をもたらすことを知っているからだ。 しかし、イノーバ王子の言葉はそれとは違った。 恐らく彼の告げている言葉は、布石だ。天秤が傾けば、フォレスト国そのものが厄災に見舞われる類の話を口にしていた。 采配はフウ王女の一存に掛かっていると、最後は半ば脅しに近い。 フウはきっと、適切な判断を下すだろうと信じる事など簡単だった。だが、『適切な判断』とやらが、彼女を傷つけるのなら自分は彼女を守りたいのだ。 その為には、出来ることなどひとつしかない思い浮かばない。 つらつらと考え込みながら、庭園を歩いていたフェリオの頭上に靴が落ちた。咄嗟に弾き、輝石を敷き詰められた道を転がる靴を見て、フェリオは顔を大きく歪めた。 ベルベットグリーンの女性用の靴。足の甲に、石を織り込んだ刺繍が施されている。女物には、珍しい鷹の模様。それが、白い糸で縫い込まれている。 こんな靴を履く女など、世界広しと言えども、ひとりしか知らない。 靴を拾い、フェリオは額に手を当てた。 「…フウ…………王女…。」 後の敬称はとってつけた状態になった。 「まぁ、フェリオ。」 予想通りの声が頭上から降る。そう、まるで先程の靴のように。 仰ぎみると、靴と同じ、ベルベットのドレスを翻し目下の枝に足を乗せている王女。フェリオは思わず、周囲の人影を確認する。 「どなたもいらっしゃいませんわ。私、確認致しましたもの。」 優雅な言葉と行動がまるで合致しない。 「フウ…お前…。」 ついには敬称すら置き忘れた、フェリオは彼女の後を追って幹に手を伸ばした。騎士の正装を纏っていても、覆いの端すら木に触れる事無く王女に追いつくと、手短な幹に彼女を座らせると、靴を渡した。 「ありがとうございます。」 片手を口元に当てて、綺麗に微笑むフウに、フェリオはがくりと頭を垂れる。 「何の酔狂だ、フウ。」 「それは、失礼ですわ。私は、感傷に浸っておりましたのよ?」 かんしょう? 自分が思うのと違う言語がこの世に存在するのかとフェリオは首を捻った。 「貴方が、森番を辞めるとおっしゃったそうですから。」 あ、とフェリオは声を出し、極まりが悪そうな顔で目を反らした。 「正式は、また、言うつもりだった…。」 「私は、貴方とこうして景色を眺めるのが好きでしたわ。そして、森に暮らす貴方の事も。」 フウはそう告げると、未だ顔を逸らしたフェリオの頬に、人差し指を押し付ける。 「私を見て頂けませんか?」 「フウ…。イノーバ王子が好きなのか?」 クス。肩を竦める仕草でフウが笑う。何処か悪戯めいた笑み。 「好きか嫌いかと聞かれるならば、好きですわ。望みを叶える為に、自分の持つものを精一杯お使いになる必死さが、あの方にはあります。」 そうだろうとフェリオも思った。でなければ、一介の騎士ごときに声など掛けるはずもない。 「でも…好きは簡単に嫌いになってしまいますわ。そうそう、貴方とも、良く喧嘩致しましたわね。」 「それは、フウが頑固だからだ。」 「フェリオこそ、私の意見など最初から聞く気などなかったでしょう?」 「お前はすぐに、そんな事を…!」 くるりと自分の方を向いたフェリオに、フウは微笑む。 「でも、必ず私を守ってくれましたわ。いつでも、私の味方でいて下さいました。」 「そんな事決まってるだろう、俺は…。」 「俺は…?」 ゆっくりと言葉を繰り返す唇に、フェリオは自分のものを重ねる。 触れあい、離れていく。確かな温もりだけが、交換される口付け。 「……お前が好きだった。」 「過去形ですのね。」 フウの言葉には、何も言わずフェリオは景色を見つめた。豪華な屋敷、着飾る人々と繁栄する都。そこにあるのは、ただの現実。 「毎年、聖バレンタインにはチョコを差し上げていましたが、今年は遅くなりそうですわね。」 フウはそう言うと、フェリオの顔を覗き込む。今まで弧を描いていた唇が、キュッと引き締められた。今まで其処にいた少女であるフウではなく、王女として、主として彼女はそこにいた。憂いを秘めて、なお揺るがぬ瞳がそこにある。 「聖・バレンタインに婚約をしたいとイノーバ王子より、文が届きました。 本格的なものではなく、重要な人物だけの前で行われる借りの約束のようなものだそうですが…勿論貴方も出席して下さいますわね?。」 凛とした声がフウの唇から告げられる。 「わかった。」 そして、見返すフェリオの瞳も揺るがない。 「今の俺は『好き』ではお前守れない。『愛している』なら、俺は一生守り続ける事が出来る。」 〜Fin
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