forest story(バレンタインパラレル) 眠り姫


いささか、退屈ですわね。

 午後の茶会。庭園を着飾った御婦人達が、華やかに行き交い。少しばかり毒の入った、世間話という会話を交わす。この後、芝居でも見に行くと、同じように辺境の国から詣でた姫達が会話していた。その為の帽子を注文する為に、わざわざ商人を呼んでいる方もいる。
 酷く時間がゆっくりで、いままで、政務という名の雑用に追われていたフウには社交界の有様がじれったく感じてくる。
 頭の中で不謹慎な事を思いつつ、フウは笑みを崩さずに会話の輪に加わっていた。

「こんなお話し、ご存知?」
 ひとりの貴婦人がそう切り出すと、視線は彼女に向けられる。
「イノーバ王子が剣を習っておいでなんですって。」
 まぁ。あんな華奢なお体で大丈夫なのかしら。そうそうそうですわ。お怪我でもなさったら、大変ですもの。
 小鳥のさえずりに似た声があちこちから上がる。
「そうなんですか。」
 フウも、頬に手を添えて小首を傾げた。剣を携える事が、珍しいのだという事実に驚く。大国である此処では、主君が自ら先頭に立ち戦うことなどないのだろう。そう考えると、やはり平和な国なのだ。
「指南していらっしゃる方、余りお見かけしない騎士でいらっしゃたけれど…。此処の城使いの騎士でなかったような。」
「どんな方ですの?」
「緑の髪の…そう、そうですわ、フウ王女。」
「はい?」
「舞踏会に貴方と踊っていらした方です。どなたかご存知ですの?」
 フウは、口元に手を当てて驚いたように瞬きを繰り返した。
「フェリオの事でしょうか?私付きの騎士なのですが。」
「まぁ。」
 複数の声が、あるいは扇で遮られながらフウの耳に届く。
「随分、親しくしていらっしゃるのですね。」
 比喩めいた言葉が彼女達の口から出てくるのは当然だった。辺境の、森しかないような小国の姫を王子が気に入っているという噂は既に広がっていた。
 王子自身は、確信めいた言葉などなにひとつ口に出す訳ではない。が、その姫付きの騎士に剣を習うという事はその噂の裏づけになる。彼女の騎士は、婚姻によって自分の部下にもなるのだから。
「だといいのですが、何分私もフェリオも田舎ものですから、失礼があってはいけませんわ、皆様よろしくご教授お願い致します。」
 にこにこと微笑むフウが、小さく会釈をするとそれ以上言葉を重ねるものはいなかった。


「そんな太刀を良く振り回せますね。」
 イノーバの言葉に、フェリオは微苦笑を浮かべた。彼から剣を受け取り、鞘に収める。額の汗を拭いながら言葉を捜した。しかし、策士としての才には多少覚束無いフェリオは、つい率直に言葉を発する。
「王子はレイピアに秀でていらっしゃいます。なのに、どうして今更剣など所望なさいますか? 」
「そうですね。」
 クスリと上品な顔に笑みを浮かべる。
「貴方に興味があると言ったらどうしますか? 貴方とこうして話をするための口実だと言ったら?」
 フェリオは、琥珀の瞳を目一杯見開き、そして閉じた。
「お戯れを。」
「いえ、戯れなどではありませんよ。騎士という名で貴方を知るものは少ないですが、フォレストの森を守る者といえば有名ですから。」
 イノーバは優雅な手つきで、側にある葉を玩ぶ。彼の醸し出す雰囲気の怪訝さに、フェリオは唇を閉ざす。
「…。」
「フォレストという国は、一見森ばかりの小国ですが、この大陸の中心に位置しています。そして、国々の間を遠ざけるかのように森が広がっている。なかなか、興味深いと思っているんですよ。」
 『どうですか』とでも問うように、フェリオを見たイノーバに向かい、首を横に振る。
微苦笑を浮かべたままイノーバは言葉を続けた。
 
「フォレストという国はフウ王女そのものです。彼女は美しく賢い。しかし、まだその手腕を存分に発揮していらしゃる訳ではない。例えるのなら『眠り姫』です。」
〜Fin



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