forest story(バレンタインパラレル) すれ違い


「所用故に遅くなりました。」
 黒衣の騎士は、そう告げ自国の姫に膝を折った。
「御苦労様でした。色々とお疲れでしょうけれど、お付き合いを願わなければならないようですわ。」
 フウは、柔らかな笑みを浮かべてランティスを見つめた。そして、気付く。普段感情を露わにすることの少ない剣士が苛立ちに近い感情を露わにしている事に。
「あの、ヒカルさんに何かございましたか?」
 フウは、ランティスの許嫁である伯爵令嬢の名を問う。いつも彼の機嫌を左右する最大の要因は彼女であり、それ以外に騎士の心を波立たせるものは無かった。
 しかし、ランティスは無言で首を横に振る。そして、主に向かうにはあまりにも強い瞳で、フウを見据える。

「フェリオに聞きましたが、イノーバ王子が求愛なさったというのは本当でしょうか?」
 
 フウは暫くの間首を傾げる様子を見せてから、困ったように口を開いた。
「求愛…という程確定したものではありませんわ。晩餐会で王子より、私に興味があるとお言葉を頂きました。
 ああ、それに伴って、こちらでの滞在日数が伸びたのです。言い忘れておりましたわ。」
「元より、お后候補を選ぶとの噂に高い招待です。直接お声を頂くという事は、求愛だと申し上げても過言ではないはずだ。」
 また少し、騎士の語尾が荒れた。フウはそれに気付かなかったように、会話を続ける。
「他の姫君も多く滞在していらっしゃるのですから、やはり決まった訳ではないでしょう。早とちりをしては、イノーバ王子もご迷惑な事でしょうから。」
 コロコロと笑う。
「フウ王女。」
「はい、なんでしょう。ランティス。」
「貴方はそれでいいのか?」
 歯に衣を着せぬ言い方とは、こういうものを言うのだろうとフウは思う。
主に対する物言いとしては、最低の行為かもしれないが、彼の心遣いがフウには嬉しかった。私とフェリオの事に心を砕いて下さっているのだと知れば尚更だ。

「ええ、我が国にとって最高の縁談なのではありませんか?」
 にこりと微笑むと、意志の強い眉が顰められる。本当に心優しい方だとフウは思った。それでも、お互いに心に秘めた決意は揺るがないだろうとフウは思う。
「国民の為に、私出来る限りの事をしたいと思っております。」
 あくまでも、たおやかな淑女の様相を見せながら、フウの心は揺るがない。流石のランティスも溜息をついた。

「では、話を変える。フェリオが森番を辞めると決めた事は知っているのか?」
「えっ…。」
 先程まで落ち着き払っていたのが嘘のように、フウは息を飲み、瞳を揺らした。両手で口元を覆い、暫く言葉が出ない。
「いいえ、私には何も…。本当なのですか?」
「はい、先程フェリオから聞きました。正式に、城に士官すると。」
 
 ああ、それが彼の決意なのだ。
 
「…フウ王女は、反対なさるおつもりか?」
 ランティスの言葉は疑問の形を借りた肯定だった。反対しろと彼は告げている。
 確かに、あの森で暮らすのがフェリオに相応しいと思う。けれど、今まで士官の話を断り続けた彼が、どれ程の決意を持ってランティスに告げたのかを思えば、答えはひとつしかなかった。
 顔を上げる。公女として誇りを持って。

「いいえ。先だって、フェリオより永遠の忠誠を頂きました。イノーバ王子との縁談が未だ未定ではありますが、帰国した暁には正式に騎士として、私の側に置くつもりです。ランティスは、反対なのですか?」
「姫の言葉に、異はない。」
 ありがとうとフウは微笑んだ。
「けれど、私はあの森にいたあの方を好ましいと思っておりましたので、少々残念ですわ。」
 退出するランティスに投げられた言葉の真実は、彼の心に影を落とす。
 お互いを思い合っているのは、本人達よりも周囲の人間の方が良くわかるものなのかもしれない…と、ランティスは眉間に皺を増やした。
 けれど、二人の心はすれ違う。互いの手を取り、瞳を見れば自ずと望みが知れるだろうに。

 
「そんな顔をしていると、ヒカル姫に嫌われますよ。」
 笑い声と共に、白い纏を翻した男はイーグル。普段なら彼を囲んでいる側近達の姿は無い。
訪れる人とていないだろう古びた庭園。
「一生懸命頑張って隠れんぼをしてきたのですが、そんなに待たせてしまいましたか?」
「いや。」
「では、我が愚弟の事でしょうね。」
 口元を手袋で覆い、イーグルは目を細める。柔らかな雰囲気は一転して鋭い眼差しにその質を変えた。薄く笑う。
「実は、貴方に相談したいのは、その事なんですよ。」
「…聞こうか、イーグル。」
 腕を組み、ランティスは即すように顎を杓った。

〜Fin



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