forest story(バレンタインパラレル) いつもと違うあなた


 晩餐会が執り行われた部屋は、城の中庭に続く広いバルコニーが設えられていた。下弦の月が照らす庭は、陽光の下とは趣を変え、涼しい夜風が頬の熱を浚ってくれる。
 各国の姫君の数だけ男も呼ばれていた訳で、『よもやお后候補かよ』などと、一時でも思ってしまった自分が、いかに田舎育ちかを考えて、フェリオは華やかな会話がなされている部屋をそっと抜け出したのだ。此処は帯刀は許されていない。
 彼女に危険はないだろう。それよりも、万一フウに恥をかかせては、一生の不覚。こう言ってはなんだが、小国である我が国に不釣り合いなほどの縁談話だ。

 第2王子であるイノーバがこういう事に熱心なのは、第1王子であるイーグルの影響だと聞き及んでいる。イーグル王子は殊の外切れ者で、王位継承権1位であることも手伝って、時期国王の誉れは高い。
 野心家だと噂されているイノーバだが、無駄な継承権争いをするよりは、列強国と血縁関係を結び、その力を後ろ盾にしたいという思惑はわからないでもない。

 フェリオは思う。確かに我が国力は乏しい。しかし、見て見ろ、列強の姫君に見劣りせぬほどに、フウ王女は美しく聡明である…と。
 その、ニュアンスは惚気にも近い気がして溜息を突いた。手折る事など出来ない高嶺の花。己のものでもないのに、全く自分はどうかしている。

「楽しんでもらえていますか?」

 ふいに掛けられた声に、フェリオはぎょっとして振り返った。それが、イノーバ王子だとわかり、慌てて敬意を表す。
「余りに華やかで、田舎ものにはいささか辛いものがあります。」
 そう告げて、再度頭を下げる。イノーバが忍び笑いをするのに気付き、フェリオは顔を上げた。
「彼女もなかなかに面白い方でしたが、従者の方も趣がありますね。」
 微妙な褒め言葉に返答を詰まらせていると、イノーバの視線がフウに向けられているのがわかった。彼女は、他の騎士達や姫君に囲まれ、たおやかに微笑んでいる。
「お姫様育ち…というのも無礼な言い方でしょうが、皆『姫』という上品さをお持ちなのです。しかし、フウ王女は未来の王妃としての資質を感じさせて下さる。」

 ドクリとフェリオの心臓は大きくなった。

「もっと、彼女の事を知りたいと私は思っています。」

 それは…。まさか…
フェリオは、急に手の先から温度が失われていくように感じて拳を握る。小刻みに震えが来て、驚く。覚悟していたつもりだったのに、いざ現実を突き付けられると、こんなにも自分は弱い。

「ご協力、願えますね?」
「は…。」
 無理矢理喉から押し出した言葉は風に四散する。フェリオは、口元を抑え翡翠の瞳を零れんばかりに見開いたフウの姿に言葉を失った。
「聞かれてしまいましたね?」
 クスリとイノーバはフウに笑い掛けた。
「先程の言葉は真実私の心です。フウ王女、いずれ貴方のお心をお聞かせ願いたい。」
「はい。」
 フウはそう答え、ドレスの端を摘むと軽く膝を曲げた。
「まだ、晩餐会は終わっておりません。楽しんで下さい。」
 纏を翻し立ち去る後ろ姿を見送っても、二人の間に言葉はなかった。

「フェリオ…部屋へ。」
 戻りましょう。と言う前に、フェリオは、フウの前で跪き、その左手をとった。純白の手袋の上から口付けをおとす。

「おめでとうございます、我が姫。これより先いかなる事があろうとも、私の忠誠は貴方のもの、一生お守り致します。」
 
 たとえ、フウが別の男と婚姻を結ぼうともこの決意は変わらない。それだけを伝えたくて、フェリオはフウの翡翠を見つめた。彼女の視線もまた、琥珀から反らされる事は無い。まるで、頷くかのように瞳が細められる。
 ゆうるりと、唇が弧を描いた。

「ありがとうございます、フェリオ。」
 
 いつもと違うお互いを、二人はただ見つめていた。
〜Fin



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