forest story(バレンタインパラレル) 大丈夫


眩い光が広間に溢れていた。

 角度が変わる度に、様々に光を放つ宝石を鏤めた豪華なシャンデリア。カーテンひとつとっても、重厚な刺繍が施されている値打ち物だ。壁に描かれた見事な装飾、テーブルにところ狭しと置かれた料理は見たこともない珍味ばかり。集う人々は、さながら自分が展示場の様に、宝石を鏤めている。
 王族とは、本来このような贅沢なものなんだろうと、フェリオは小さく溜息をついた。貧乏暮らしが板についた自分には、居心地が悪くて仕方ない。
 無理矢理、フウ王女に着せられた緑と白を基調にした騎士服も、肌に馴染みがない上に貸衣装のように感じられる。こうして壁に貼り付いている自分に、次から次へとダンスへの誘いが来る事も鬱陶しくて堪らなかった。
 しかし、この場から逃げ出す事は叶わない。
 様々は高貴な人々が集う広間の中心。オーケストラの生演奏が響く中で、滞在している国の第二王子−イノーバ−とワルツを踊っているのは、自国の姫。護衛の任を放棄して逃げ出す選択肢は、自分には無い。

「一曲踊っていただけませんか?」

 そう声を掛けられ、フェリオは相手を見ずに胸元に手を当てて頭を下げる。
「申し訳ありません。私は貴族ではなくただの騎士。此処で楽しむ事は出来ません。」
 告げると、クスクスと笑い声がした。
「そう言わず、私につき合って下さいな?」
「フウ王女。」
 たおやかな笑顔を浮かべる相手にフェリオは呆れた表情で溜息を付く。
「何やってるんだ。王子様のお相手はいいのか?」
「王子様のお相手をするのは、私ひとりではありませんもの。ほら、見てご覧なさいな。」
 身体に隠すように指した先には、別の女性と軽やかにステップを踏んでいる王子の姿。笑顔を絶やさず、次々とダンスをこなす王子にフェリオは一種の尊敬を感じずにはいられなかった。
 それに、反対の壁側で佇む妙齢の女性は彼とのダンスを順番に待っているように見える。フェリオの眉間には、深い皺が刻まれた。
「あの方々全員と踊られるんですわ。大変でしょうね。」
「呑気だな、フウは。あいつらを押し退けても、踊るべきなんじゃないか? お后候補を集めた舞踏会だとお前は言っていたじゃないか。」
「ですから、こうして貴方と踊って、王子様の気を引く作戦なのではありませんか。さあ、踊りましょう。」
 コロコロと笑い、フウは両手でフェリオの手を取り、ダンスの輪に戻る。
「おい、忘れたのか、俺はそもそも森番で騎士じゃない。ダンスだって付け焼き刃だ。お前が兵士をゾロゾロ連れて行く程の予算も人材もないからって、俺を無理矢理連れて来たんだろうが!」
 小声ではあるが、今まで溜まっていた鬱憤をフウの耳元で捲し立てると、彼女は綺麗に微笑んだ。
「随分お上手でしたから大丈夫ですわ。私、貴方が城で特訓を受けていらっしゃる時から一度踊って頂きたいと思っておりましたのよ?」
「…ったく、フウには敵わないな。恥をかいてもしらないぞ。」
 覚悟を決めたように目を閉じ、大きく深呼吸をするとフェリオは右手でフウの手を取り、左手で彼女の腰を抱く。
「お手柔らかに。」
 フウもそう告げると軽やかに足を踏み出した。

「まぁ、素敵ですわね。」
 イノーバと踊っていた女性が、ふいに呟く。彼女の視線を辿ったイノーバは、広間の視線を浚っていく二人を見つけて、眉を顰めた。女性はフォレストという小国の王女。男は見たこともない人間だった。
 ただ、踊りは優雅で息のあった動きが目を奪う。
「ええ、我々も負けてはいられませんね。」
 イノーバが耳元で囁くと、女性はぽおと頬を染め熱い目で彼を見つめ、くたりと肢体を胸元に預けた。

「この後の晩餐にフォレストのフウ王女も加えて下さい。」
 再び始まるステップの前に、イノーバは側近にそう指示を伝えていた。
〜Fin



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