forest story 空の下で


「いいお天気ですわ。」
フウは執務室の窓を開け放って大きく伸びをする。
先日まで降っていた雨は綺麗なまでに上がっていた。
「あんなに何日も降っていたのに嘘のようですわね。」
ウインダムの飛んでいった森を眺めると、そこにいるであろう幼馴染を思う。
今日のような日は、彼がよく昼寝をしている場所はさぞ心地がいいだろうと考えると少々癪な気持ちもする。
風にそよぐ髪を手で抑えて、窓から乗り出した。
「本当ですね。」
執務官もそう言うと、手にした書類を手短な机に置き額の汗を拭った。
重いものが置かれて音に振りかえったフウは机の上に積まれた書類を見て、手を口元に当てて大きく目を見開いた。
「これは、今日処理しなければならない書類ですの?」
「はい。姫様。」
そう言われて、さすがのフウも苦笑いをしてしまう。執務官に気付かれないように金色の髪に指を絡ませ小さく溜息を付いた。
「…とは言っても、これでは気も滅入りますな。」
大汗をふきふき書類の束を眺める。
「ええ。少々困ってしまいますわ。」
執務官は、しばらく考え込んでいたが、ポンと両手を打つ。そしてフウの方を振り返った。
「姫様、折角天気もよろしいのですから仕事が終わったら、外で食事を取ることに致しましょう。」
「終わったら…ですか?」
終わるのでしょうか?とフウは首をかしげた。
「そう思うと、少しは励みになりませんかな?」
今度は、執務官が困ったような顔でフウの顔を覗き込む。フウは、何度か瞬きをしてからクスリと笑う。
「そうですわね。それを励みに頑張りますわね。コック長によろしくお伝え願いますか。」


天気は良かった。
だが、何日も降り続いた雨は確実に森に異変を残している。フェリオは、国境近くの崖に立ち木々の根元をじっと見つめていた。『地盤が弛みかけている』
普通の人にはさして変化を感じる事は出来ないだろうが、彼の目には些細な変化も敏感に感じる事が出来た。
動かないフェリオの肩へ、側の枝に止まって大人しくしていたウンダムが降り立つ。ああ…と気付いたようにフェリオは鷹に目を向けた。そして誰に言うとでもなく呟いた。「しばらくは…安全だろうけれど…。」

傾きかけた陽ざしの中、山道を降りる途中、フェリオはザガートと出会した。彼はフェリオを見掛けると柔らかな笑顔を浮かべて、近寄ってくる。
「どうしたんですか?浮かない顔ですね。フェリオさん。」
彼の言葉にフェリオはビックリした表情を浮かべた。
「そんな顔をしていたか?」
そう聞き返すと、ザガートは笑顔はそのままで首を横にふる。
「顔ではありませんよ。雰囲気です。おや?」
そうして、フェリオの肩にとまる鷹を不思議そうに眺めると口を開いた。
「フウ王女の『ウインダム』によく似ているような気がしますが?」
「ウインダムだ。日中はよく俺のところで遊んでいる。」
自分の名前が呼ばれた事がわかったのか、フェリオの顔を覗き込むようにウインダムが首を傾げる。
「そう、お前の話しだ。賢いなウインダム。」
フェリオはクスリと笑うと指でその嘴を撫でてやる。気持ちよさそうに目を細める鷹を見ながら、ザガートは感心したように頷いた。
「貴方にはよく懐いているのですね。私など、檻に入っている時に手を出そうとして姫に止められました。」
「俺はつき合いが長いからな、ところでザガート先生は何をしにこんな森の奥まで?」
「何軒かに薬を届けるように言い使って出てきたのですが、フェリオさんの姉君のところで最後です。しかし、侮っていましたよ。随分街から離れているものですね。学問ばかりの私では、なかなかきつい。」
フェリオはもうすぐだ、お茶でも出そうと笑ってからこう付け加えた。
「さんづけは止めてくれないか?。どう見てもあんたの方が年上だし、敬意を表される覚えもない。」
「では、私も先生は結構です。…というか、これでは使い走りですよね。」
笑い出そうとしたフェリオの顔が、ぽかんとした表情に変わる。それに気が付いたザガートが振り返ると、小さな籐の籠を両手で持ったフウ王女が、こちらに向かって山道を走っていた。
「こんにちは、フウ王女。」
額に汗を滲ませた王女様も、二人を見ると微笑んだ。
「まあ、フェリオさん、ザガートさんこんにちは。」
「…何、してるんだ?」
「今日お仕事が終わりましたら、お日様を見ながら食事をしょうと決めておりましたのに、気が付くとこんな時間です。太陽を追いかけてきたんですわ。」
「それは、趣がありますね。」とザガート。
「ですわよね。」とフウ王女。フェリオは呆れ顔。
「でも、もうお日様も沈んでしまわれますわね。今日は諦めざるおえないようですわ。」
残念そうに溜息を付くフウ王女に、ウインダムを飛ばしたフェリオの手が差し伸べられる。
「あそこなら、まだ充分間に合う。」
「きゃ!?」
そのまま、フウ王女を横抱きにするとザガートに笑い掛けた。「すまん。お茶の約束は後だ。」
さもありなん。とザガートは頷いた。「仕方ありませんね。」

大きな幹の上にフウを降ろすと、フェリオはその横に座った。森で一番高い木から見える太陽は、まだまだその姿を隠すことはなかった。蒼い空が赤く染まっていく様にフウ王女は魅せられる。
「綺麗ですわね。」
感嘆の声を上げ、景色に見とれるフウ王女にフェリオは笑いながらこう告げた。
「でも、早く食べないと、夕食になっちまうぞ。」
そうですわね。と慌てて籠の中から料理を取り出すと、フェリオにも差し出した。
「ランチをご一緒にいかがですか?」

エメロードの寝室にある窓から見える幹に腰掛けている人影に気づくと彼女はクスリと笑みを漏らした。
薬を届に来ていたザガートもそれに気づき、途中の詳細を彼女に告げた。
「私も、あんな風に食事をしてみたいですわ。」
その言葉にザガートが微笑む。
「私がきっと貴方の病を治してみせます。ですから、今度空の下で食事をしましょう。」
コクリと頷きながらエメロードも微笑んだ。
〜Fin



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