forest story はじめまして


深い森と澄んだ湖に囲まれた小国「フォレスト公国」

この国には、綺麗で聡明な御姫様がいました。
彼女の名前はフウ。
羽根のように軽やかな金の髪と、翡翠のように輝く瞳を持った御姫様です。
彼女の生まれ育ったこの国は、あまり裕福とはいえない国ですが、彼女はこの風光明媚な国とまるで国内中が顔見知りのような穏やかな民達が大好きでした。

朝、目が覚めると、彼女は窓辺に寄り、そこにある大きな鳥籠中の鷹を解き放つのが日課でした。
今日も、身支度を整える前に彼女は鷹に話掛けます。
「おはようございます。ウインダム。」
ウインダムというのはその鷹の名前です。
立派な飾り羽根を持つ鷹は、彼女の一番の友人であり、幼なじみの一人でした。

丸い瞳をくるくると回し、鷹はフウを見つめます。催促するように羽根を羽ばたかせました。
「お待ち下さいね。」
重厚なカーテンを止めて、その内側にあるレースのそれを横に引っかけるとフウは窓を解き放ちます。そうすると、ウインダムはますます待ちきれなくなったように羽ばたきを繰り返すのです。
フウは微笑みながら籠の扉を開けてやります。籠の止まり木から、バルコニーの柵に飛び移ったウインダムは、ゆっくりと羽ばたくと蒼空に向かって飛び立っていくのです。

そうして真っ直ぐに森に飛んでいくのです。
鷹が一番に向かうところが何処なのか彼女は良く知っていましたし、そうして、ウインダムは日が暮れるまで帰って来ないこともわかっていました。
聡明なフウ王女が困ったような表情を浮かべるのを見ることが出来るのは、唯一この時です。
大事な友人であるウインダムが自分を差し置いても飛んでいってしまうところには、翠の髪と琥珀の瞳を持つ少年がいて、ウインダムはその少年が大好きなのです。
「直ぐ行ってしまわれるのは、狡いですわ。私とも少しは一緒にいて頂きたいのに…。」
ウインダムが側にいてくれない事に、拗ねた表情を見せるフウ王女の顔はこの城に長年勤めているものですら見る事は出来ない顔でした。しばらく、外を眺めてから、今日は、確か予定がなかったはずですわ。と一人納得すると王女様は足早に部屋を出ていったのです。


フォレスト公国の大半を占める深い森には、一人の森番が住んでいました。

少年の名前はフェリオ。
その森を映し出すような翠の髪と太陽を思わせる琥珀の瞳を持っています。彼は幼い頃から暮らしていたこの森が大好きでした。

毎朝、森を一回りしてから、城の近くにある森で一番大きな樹で一休みをするのが少年の日課でした。
食事をとってから本を読んでいたフェリオの元に降り立ったウインダムは、彼の少しだけ束ねられた後ろ髪をその堅くて頑丈なくちばしで引っ張ります。
「勘弁してくれよ。ウインダム。」
少年は、そう言って振りかえると、悪戯な鷹を軽く睨んでみせました。
しかし、フウ王女の綺麗な金髪にもひけをとらない澄んだ琥珀の瞳が自分の方向くと、ウインダムは嬉しそうに少年の肩に乗りたがります。
「待てっ、待てってば、俺の肩はお前の爪に耐えられるほどに丈夫じゃないんだ。そのまま、乗っかろうとするんじゃない。」
少年は、慌てた風に両手で肩を払いますが、ウインダムはそれを自分と遊んでくれているのだと思っているようです。
少年の手が近づくと、飛び上がり、遠ざかるとまた肩に掴まります。
「からかってるのかお前は!!」
少しだけ声を荒げると、ウインダムは少年から少し離れた幹に止まり、様子をうかがうように首を傾げてみせました。
しょんぼりと意気消沈してみせるウインダムに、フェリオは罪悪感を覚えてしまうのです。
『全く…飼い主に似て人の痛いところを良く知っている。』フェリオは、腕組みをしながら困った顔をしました。
「仕方ないな。来いよ」
フェリオはそう言うと、左腕の防具の上に鷹を招きました。


しかし、ウインダムは何かに気付いたように枝から、飛び降りました。つられて下を見たフェリオは、驚きを声に出します。
「フウ王女!」
鷹は、その樹の下に自分の主人の姿を見つけたのです。
王女様は、右手の餌掛けにウインダムを呼び寄せると舞い降りた鷹の頭を撫でてやりました。そして、その聡明な瞳を少年に向けます。
「王女はつけてくださらなくても結構です。貴方とは幼なじみですもの。」
「では、フウはどうして城を抜け出してここにいるんだ?」
「人ぎきの悪い事をおっしゃらないでください。抜け出してはおりませんわ。父上から許可は頂きました。貴方の所に視察に行くと申しましたら、二つ返事で承諾して頂きましたもの。フェリオは父上の親任が厚いようで助かります。」
にっこりと笑ったフウに、フェリオは溜息をついたのです。
『要するに、姫君のお守りをしろって事だな…。今日は仕事にならないかも…。』
そう考えながら、しかし、フェリオは幼なじみの王女様を疎ましくなど思ってはいませんでしたので、素直に命に従う事にするのです。
「では、一日宜しくお願い致します。フウ王女。」
そう言うと、少年は悪戯な笑顔を浮かべます。フウ王女も、ドレスの端を指でつまんで優雅にお辞儀をしてみせました。

これは、そんな二人の物語です。

はじめまして、どうかよろしくお願い致します。


〜Fin



content/