ツバサother


 次々と斬りかかってくる相手を剣で払い蹴り飛ばした。
 確実に動きを止めなければ、何度でも飛びかかってくるであろう相手に、一撃で急所を狙えるほどの技術はまだ小狼にはなかった。二、三度切り傷を負わせた程度で人間が動きを止めるものでは無いことも解っている。
 サクラを庇いながら、徐々に後退する。
 月明かりを遮る森で、焚き火の炎のみが辺りを照らしている。
 足元が危ないのは、相手も同じだったが後ずさっていたサクラの足が岩に躓くとバランスを崩した。彼女の身体が小狼の手を離れる。
「姫!」
 振り返った小狼に、これを好機と見なした兵士達が一斉に向かう。しかし、小狼に迷いは無かった。
 振り向きもせず、気配だけで一撃をしのぐと、連続する刃を両手で弾く。そして、剣は携えたままで蹴技を返した。
 首筋に決まったそれは、男達の動きを止める。
「小狼君!」
 走り寄って来たサクラが、眉を寄せて小狼を見上げた。彼女の顔に色が戻ってきているを見て、小狼の唇もやっと綻んだ。しかし、彼女は、一度小狼を見上げたが直ぐに俯いてしまう。
「でも、あちこち切れてる…。私を庇ってくれてたからね。ごめんね。やっぱり私こなければ良かった。ごめんなさい。」
 語尾は涙声になっていて、慰めの言葉も浮かばず小狼は立ちつくした。」
「何やってんだ?そういう時は抱きしめてやるものだろう?」
 明るいフェリオの声に二人は真っ赤になって顔を上げた。
彼は剣を肩に担いで、笑いながら二人を見ている。後ろでエメロードも微笑んでいた。
「フェリオさん!」
もう!と頬を膨らませたサクラには翳りはない。小狼は安堵の溜息をついた。
「小狼強い〜!!かっこいい〜!!」
 何処にいたのか、モコナが飛び出してくると小狼の頭に乗る。
「サクラ姫の羽根を感じますか?」
 小狼は、頭上のモコナを両手の上に乗せそう尋ねた。モコナの眼が見開かれ存在を告げようとした時、轟音と共に森に火柱が上がる。
「何だ!?」
 驚きと共に仰ぎ見る空には、炎が次々と放たれていくのが見えた。それが森のあちこちに落ちていくと大きな火柱が上がっていく。通常なら、水気を充分に含んだ樹々には起こり得ない。
 常軌を逸した火力とその威力に驚きのあまり小狼は言葉を失った。
流れてくる煙にエメロードが咳き込む。フェリオは、持っていた布を彼女に貸し与え、しかし鋭い眼差しで様子を伺う。
「あれだ…。」
 フェリオの声につられて、空をみあげた小狼達の目にひときわ白い炎を持つ大国火炬を据えた器械が見えた。
 そして、それが打ち出す炎は国境線沿いの場所から町並みへと飛距離を伸ばしていく。
 幾つかの火柱が街に到達する頃には、発射台は、それよりも遠くへ射程を上げているのがわかった。
「次は城か!」
 フェリオはギリと歯がみをすると立ち上がり、小狼を見る。
「お前に譲れないものがあるように、俺にもある。」
 フェリオはそう言い残すと崖を駆け上がった。小狼とサクラが止める間も無い。しかし一度だけ足を止め、エメロードの方を振り返る。
 彼女と目が合ったのは一瞬、彼はもう立ち止まらなかった。

「小狼君も行って!」
 サクラは、小狼の側からするりと離れた。 「私、エメロードさんと安全なところに避難するから。」
「しかし、姫!」
 一人では…そう言おうとした小狼を遮るようにサクラは続けた。
「私、私は小狼君達みたいに戦う事はできないけど、自分に出来る事はしたいの!!これ以上は足手まといになるのはわかってるから、ついて行くなんて言わない!でも、気を付けて!」
 唇をキュッと引き締めたサクラの表情は、何物にも揺るぎそうも無い。小狼は無言で頷くと彼の後を追った。
それを見送って、サクラはエメロードの横に駆け寄った。
「此処から早く避難しましょう。」
「ええ。」
 せき込んでいるエメロードの左手を肩に乗せると、ずしりと重みがました。足元がおぼつかない。でも…。
「絶対、大丈夫。」
 唱えるように呟いて、サクラは歩き出した。



 フェリオも小狼も充分な強さは保有していたが、統制の取れた兵士の中に二人きりで飛び込む事は、はっきり言って無謀な行為にほかならなかった。
 なんとか、大国火炬に近づいたものの、背中合わせに追いつめられる。あまつえ、大国火炬は狙いを二人に代えて弦が引き絞られていた。
「万事窮す…か?」
 呻くようなフェリオの声を聞き、緊張がます。
 しかし、機器を操っていた数人がそこから転がり落ちるのを見て、小狼は迷子の二人を思い出した。
「大丈夫〜?」
 そして、呆れる程緊張感のない声が、小狼の耳に届いた。
「ファイさん!」
「へへ?ナイスタイミング?」
 台の上にしゃがみ込んだまま、ファイは笑う。
「助かった。迷子じゃなかったのか?」
 軽口がもどってきたフェリオに、ん〜と呟いてから返事を返す。
「これだけ、大騒ぎしてれば目印になるっていうの?ほら、黒んぱも来てるよ。」
 小狼達がいる崖のすぐ側ではなく、陣の中程。恐らく指令者達がいる辺りで悲鳴と、騒ぎが起こっているのがわかった。兵士が一目散に逃げていくのさえ見える。
「あれじゃあ、統率もすぐ崩れるでしょ。」
「ああ。」
 頷いたフェリオは小狼の方を見た。
「後は任せとけ。お前は姫の羽根を捜すんだろう?」
「はい。」
 そして、フェリオと黒鋼が残った兵を国境から叩き出して後始末を終え、小狼とファイがサクラの羽根を取り戻す事が出来た頃、夜は明け朝日が辺りを照らしいた。



 瓦礫の街で、サクラは小狼の帰りを待っていた。
 比較的早く火矢の放出が止まったのと、湖が側にあった事で被害は最小限に抑えられていた。無事は信じているものの、不安が無いといえば嘘になる。
 胸の中に詰まっていく重いものが彼女から表情を奪っている。
 エメロードも沈黙したまま。彼女の横で、所作なく立っていたサクラに人々が喚起の声が聞こえてきた。


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