ツバサother


「心配ですか?」
 そう問い掛けられ、窓辺で外を見ていたサクラはコクリと頷いた。森が広がる方に、闇のみが広がって見える。
「いつも、無茶するんです。小狼君。」
 その言葉にエメロードも眉をひそめる。
「弟が一緒にいるので大丈夫です。…とも言ってあげられないわ。ごめんなさい。」
 困ったような笑顔を浮かべる彼女に、サクラはぶんぶんと首を振る。
「あれもよく無茶をします。私がこんなだから城への士官も断ってしまって。本当は一番大切な人を近くで守っていたいのでしょうけれど…。」
 彼が貴方を守っているように、とエメロードは続けた。頬を染め、サクラは笑みを返す。
「…だからなのかな…。街でフェリオさんに会った時に、瞳の色が小狼君に似ている気がして…。でも、小狼君はあんなに笑わないの。フェリオさんみたいに笑ってくれたらいいのになって…私思ったんです。」
 だから見つめてしまった、彼を。
「そうね。あれは良く笑います。でも、それは周りの人を安心させる為。胸に秘めたものは決して明かそうとはしませんわ。私は、そんな事はして欲しくないのだけれど…。」
 あっとサクラも声を上げる。
「小狼君も同じなんです。だから、何の力にもなれないような気がして私…寂しい時があります。」
 エメロードは、窓際から少し離れると、棚に置いてあったお菓子を籠に詰め始めた。
「エメロードさん?」
「…ねえ。サクラさん。こういうのも楽しいと思いませんか?」
 エメロードはそう言うと、にっこりと微笑んだ。



「少し情けないと思ってたんです。」
 何が?という顔をしたフェリオに、小狼は困ったように笑った。
「サクラが貴方を見ていた時に、動揺してしまった自分に。気持ちが揺らぐとかそんなものではなかったんですが。」
「惚れてるなら当たり前だ。」
 フェリオはそう言いニカッと笑った。
「俺はいい男だしな。」
 ぷっと小狼は吹き出し、慌てて口元を抑える。それを見て、フェリオはまた可笑しそうに笑った。しかし、急に黙り込み聞き耳を立てる。ガサガサという音と小さな光が近付いていた。
「誰か…いる?」
 表情を険しくした小狼は、しかしあっけにとられて目を見開いた。
 サクラ姫が片手にランタン片手に荷物を抱えて、小狼達のいるところまで駆け上がってくる。
 そして、彼らを見つけると笑顔を見せた。
「サクラ姫!?」
 驚いた顔で立ち上がった小狼に、サクラは、はにかんだ笑顔を見せる。それから、手に持った籠を小狼に向かって差し出した。
 クッキーや、小さなパンのようなものが被せられたハンカチの間から覗いている。
「お夜食届にきたの。ファイさんと黒鋼さんは?」
 きょろきょろとあたりを見回してからそう尋ねたサクラに、迷子になってますとも言えず、小狼は沈黙を守った。
「それにしても、一人で来たのか?勇敢なお姫様だな。」
「一人じゃないよ〜モコナも一緒なの〜!!」
 ぴょこんと飛び出したモコナはサクラの頭の上。小狼はガクリと頭を垂れてから、サクラを見つめる。
「それでも、危険です。サクラ姫。」
「ごめんなさい。」
 しょんぼりと俯いたサクラにフェリオが声を掛けた。
「姉上が行けと言ったんだろう?心配なら夜食を口実にすればいいとでも。」
 パッと顔を上げたサクラは、正にフェリオの言葉を肯定していた。ふうとフェリオが溜息をついた。
「地理もおぼつかい上に夜なのに、道にでも迷ったらどうするつもりなんだか。」
「ううん…あの、大丈夫だったの。そこまでついて来てもらったし…。」
 申し訳なさそうに口にした言葉にフェリオは愕然とした表情を浮かべる。
「…そこ…まで?」  フェリオも慌てて立ち上がると、サクラが来た方向に顔を向けた。
「姉上!!!」
 そうフェリオが叫ぶと、木の陰からひょっこりとエメロードが姿を見せる。綺麗な笑顔でわらいかける彼女と対照的にフェリオは頭を抱えた。
「見つかってしまいましたね。」
「彼女が一人でこれるはずがないでしょう?どうしてこんな無茶を…!?」
 そこまで言って、フェリオはエメロードの側に駆け寄った。
「どうしたの?」
 そう言ったサクラとは裏腹に小狼も表情を引き締めた。
 殺気が混じった気配が回りを囲んでいる。
「つけられた…みたいです…。」
 小狼は、フェリオがエメロードの側で剣を抜いたのを見計らって持っていたランタンを茂みに投げつけた。
 数人の見知らぬ男達が、そこから飛び出してくる。フェリオは両手で持った剣でそれを横に薙いだ。
 切れ味よりも、打ち据えることを目的とした重厚な創りの剣は、男の鳩尾を捉えて、確実にその動きを止めていく。
 それでも、三人程、小狼の方に向かってきた。
 小狼も、緋炎を構えて、サクラの手を引き、腕の中に抱き込んだ。そして相手との距離をとる。
「小狼君。」
 サクラ姫の声は震えていた。
 背の高さにさほど差がない小狼の瞳に、サクラの横顔が写る。

 色を失い陶磁器のように白い肌と、少し冷えた体温は羽を失ったばかりの彼女を思わせた。

 自分の手も震えているのがわかる。戦う事への恐怖ではない。
 腕の中の少女を失うことへの恐怖だ。
 少女の手が小狼の服をギュッと握る。それに応えるように、小狼はサクラの細い腰を抱く。
「俺から離れないでください。」
 コクリと彼女が頷くのが見えた。


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