ツバサother


「決まりだな。」
 背後から黒鋼の低い声が響くと、フェリオの襟首をつかんで戸口に向かう。
「その国境とやらにさっさと案内しろ、取り返してオサラバだ!!」
 ふうとフェリオは溜息をついた。引きずられながら、腕組みをしている。その頭の上には同じ格好のモコナ。
「せっかちなんだな。損するぞ。」
「よけいなお世話だ!ガキ!」
「黒鋼さんっっ?!ちょっと待って下さいよ!!」
 慌てて追いかける小狼に、へら〜と動き始めるファイ。
「も〜黒さんたら、さっき暴れられなかったから、待ちきれないんだね〜。暴れん坊〜?」
「あっあの!?」
 エメロードとのお喋りに夢中になっていたサクラは、彼女に教えられ戸口へ向かう四人に気が付いた。駆け寄ってくるサクラにファイが振り返る。
「あ〜サクラちゃんは、ここにいてエメロードさんと待っててよ。」
「危ないからですか?でも、私の羽根の為に…。」
「違うよ。エメロードさんを一人にしたら、フェリオくんが心配になるだろうから、サクラちゃんについてて欲しいんだ。その方がいいよね。フェリオくん、小狼くん。」
 フェリオは、ひらひらと手を振り、サクラも困った顔はしたが、手を振り替えした。
 それを見やって、小狼はサクラの所まで戻ってくる。両手を身体の横で握りしめて、サクラと向かい合った。
 心配そうなサクラの瞳がじっと見つめてくる。
「姫、ファイさんの言う通りだと思います。俺達で行ってきますから、エメロードさんと一緒に待っていて下さい。」
 少し黙り込んでから、サクラは返事をする。
「…はい、でも無理しないでね。小狼君。」
 寂しそうな笑顔を見せるサクラに、小狼はなおさら笑って見せた。
「大丈夫です。必ず羽根を見つけてきますね。」
「じゃあ、モコナは〜!!!」
 モコナは、フェリオの頭からぴょんと飛び上がり、器用にサクラの頭に着地した。胸をどんとたたき、のけぞったまま宣言する。
「全力で待っていてあげましょう!!」
「よろしくお願い致します。」
 小狼は汗をかきながら思わず深々とお辞儀をしてしまった。



 隣国との国境線のすぐ側、切り立った崖のすぐ下に小狼達の姿があった。
 そのまま、敵陣まで突っ込みそうな黒鋼をなんとか取り押さえて、四人は夜を待っていた。
 街を挟んで反対側には、大きな湖が広がっているのが見える。
「綺麗なところだね〜。」
 額に手を翳してファイが景色を眺めた。ははっと笑ってフェリオが答える。
「それしか取柄の無い国だからな。」
「つまらねぇ〜所だな。」
 黒鋼は、プイと横を向く。
「こうしているのもつまらねえ。俺は偵察にでも行ってくる。」
 手にした蒼氷をくるりと振り回すと、肩口にのせる。そのままスタスタ森に入っていく。
「黒ぽんホント好戦的だよね〜。」
「ええ?でも、黒鋼さん一人で大丈夫でしょうか?」
 心配そうな小狼。しかし、他二人は意にも介していない様子。
「…迷子にはなるかもしれないが、何とかなるんじゃないか?」
 樹に寄りかかって、可笑しそうに笑うフェリオに、ファイも笑う。
「でも、俺も暇だからそこら辺を散歩してくるよ。」
 そう言うと、ファイも森の中へ消えて行った。フェリオが小狼の方を向く。
「お前は行かないのか?」
「ここからでも、景色は充分綺麗ですし、森は深そうですよ。」
「ああ、深いぞ。」
 あっさりと言ったフェリオに、小狼は大きく目を見開いた。

 その言葉通り、日が暮れても二人は帰ってはこなかった。
「すみません。なんでこんな事に…。」
 薪を運んできた小狼がぺこりとフェリオに頭を下げる。フェリオも両手を顔の前で合わせてすまんと頭を下げた。
「止めなかった俺も悪かった。とりあえず此処で待とう。」
「はい。」
 小狼は取ってきた枯木を焚き火に足す。
「もっと盛大に火を焚くと目印にはなるんだが、隣国を刺激することにもなりかねない。」
「そうですね。」
 小狼は、崖の上を見る。暗闇のなかでそこだけは明るい。
 幾つもの炎が移動しているのが見える。つまり隣国の兵が集っているということ。
 それを同じように見ていたフェリオが溜息を付く。
「こんな事になる前は此処は本当に平和な国だったんだ。ファイの言うとおり、兵士だって城の衛兵がいるだけだ。国境を守るのも俺みたいな森番一人でなんとかなっていたぐらいだ。」
「こんなに広いところを一人でですか?」
 それも凄い話だと、驚きの表情を見せる小狼にフェリオは苦笑いをする。
「あの通り、迷いやすい森だから地元のもの以外はほとんど踏み込むことはない。それに、隣国と楽に行き来出来る道は、城門に繋がっているんだ。」
「でも、俺も父について色々なところを周りましたけど、兵士のいない国なんて見たことがないですよ。」
「…もっとも、兵を持たないのは国が貧乏なせいもある。威張れた理由じゃないけどな。どさくさで独立したなんて、王女自ら公言するような国だ。ここは。」
 さも可笑しそうにフェリオが笑った。その言葉に小狼はさらに驚く。
「変わった王女様ですね。」
「綺麗で聡明な方だよ。」
 その言葉を口にした時のフェリオの横顔が、寂しいと感じさせて小狼は言葉をとぎらせた。
 焚き火をじっと見つめたまま、フェリオは話続ける。
「何処かの王子と結婚して彼女が女王になればこの国も安泰だ。」

 この人も同じなのだ。
 身分違いの恋をその胸に秘めている。

「お前…。」
 フェリオはそうぽつりと言い、小狼を見た。炎を隔てて見る彼の顔は、翳りを落としている。おそらく自分も…。小狼は思う。
「姫…と呼んでいたな。」
「その想いは報われることは無い…と思った事はないか?」
 口に出しはしないけれど、同じ想いを胸に秘めているであろう彼からそう聞かれ、小狼は両手をギュッと握りしめた。チリチリと火の粉が闇に舞う。

「…それでも、想いは変わりません…。どうしたって俺には譲ることのない想いです。彼女を守りたいと思っています。」
 クスリと相手が笑うのが聞こえた。
「そうだな、譲れない想い…か。」


content/ next