ツバサother


 それは、最初からわかっていた事。
 いくら幼馴染だからといってお姫様に抱いてはいけない思い。
 それなのに、命のやりとりなどではけっしてないこんな事で、動揺してしまう自分に戸惑う。

 サクラの翡翠の瞳が、彼を見つめていて
 彼の琥珀の瞳もサクラを見つめていた。

「おい、つまずくぞ。」
 黒鋼は、すでに木の根に足を掛けていた小狼に声を掛けた。
「え…?」
 なすすべもなく、ぽてんと道に転がる。不甲斐無いそんな言葉が頭から振ってきた。
「すいません。」  服の埃を払い立ち上がる小狼をファイが覗き込んでいる。
「ファイさん?」
「小狼くん、ひょっとして動揺してる?」
 動きの止まった小狼を見て、ファイは彼に抱きついた。
「やっぱりだ〜小狼くん。サクラちゃんがずっとフェリオくんの事見てるから動揺してるんだ〜〜。可愛い!!」
 耳元でひそっと言われて、小狼は赤くなった。
「そんな事ないです。だって、サクラは元々…。」
「いいんじゃない。小狼くん動揺したって、それだけサクラちゃんが大切だって事でしょう?無理になんでもないなんて思わなくったていいと思うよ。」
「でも…。」
 俯いた小狼にファイはへらりと笑う。
「ほら、早くいかないとサクラちゃん心配してるよ。」
 顔を上げた小狼の目に、サクラが手を振っているのが見える。その後ろには年代がかった屋敷あった。そして、フェリオは、蔦が絡まり錆付いた門を両手で開けている。錆び付いた金属が擦れ合う音が響いて、そこは間口を開けた。
「ん〜趣のある家だねえ。」  ある意味控えめなファイの言葉にフェリオが苦笑いをする。大きくはあるが、お世辞にも綺麗な家とは家ない。
「とりあえず雨風はしのげる。上等だろう?」
「…お化けがでそう。」
 ポソリと呟いたサクラに、ぷっとフェリオが吹き出した。小狼も思わず汗を流す。
「ご、ごめんなさい。あの私…。」
「良いって、良いって。確かにそうだよな。」
「お化けでる〜?お化けでる〜?」
 フェリオの肩で、そうモコナが叫んだと同時に玄関のガラスに人影が写った。あの黒鋼がぎょっと目をむく。
「お帰りなさい。フェリオ。お客様ですか?」
 澄んだ女性の声がして、扉が開いた。
 そして、その声につられてそちらを見たサクラはあっと息を飲む。
 ジェイド国で見たお姫様と同じ人物。長い金色の髪を後ろに流し、白いストールを肩に巻いている。しかし、フェリオは眉を潜めた。
「姉上、横になっていないと、また体調を崩します。」
「私は大丈夫です。今日は気分がいいのですから。」
 そう言って微笑んだ。
「エメロード…姫…。」
 呟きが聞こえたのか、彼女はサクラの方を向くと微笑んだ。
「ええ、確かに私はエメロードですが…。姫ではありませんわ。」
 優美に微笑む女性は、自分が見たエメロード姫と瓜二つ。異世界には、同じで違う人物がいる。わかってはいても、驚いてしまうサクラにエメロードは、近付いてきた。ふんわりとした優しい笑顔でサクラの顔を覗きこむ。
「異国の方ですか?」
「は、はい。」
 両手を口に当ててコクコクと頷くと、エメロードはクスリと笑った。長い金色の髪が絹のようにさらりと揺れる。
 そして、優雅な仕草で細い手を伸ばすと、サクラの髪を撫でる。
「フェリオが連れてくるには、随分と可愛らしいお客様ですね。」
「姉上それはどういう意味ですか?。」
 荷物をテーブルに置き、フェリオは振り返ると嫌な顔をする。
「もちろんそういう意味です。お名前はなんておっしゃるの?」
「あの、サクラといいます。よろしくお願い致します。」
 サクラはまたぺこりとお辞儀をする。
「サクラさん…不思議な響きの名前なのですね。」
「は、はい。でも、エメロードさんもステキなお名前ですね。あの、お身体の具合が悪いんですか?」
「いえ、それは…。」
 何処までも続きそうな会話に、フェリオはやれやれと両手を肩まで持ち上げて、小狼とファイ、黒鋼を見た。
「女性の方々は、おしゃべりがお好きらしい。ところでお前達は、何しにこの国に来たんだ?」
 フェリオの問いに、ぐるりっと皆を見回して同意を得ると小狼が答えた。
「サクラ姫の羽根を探しているんです。」
 半信半疑、と言った様子ではあったけれど、フェリオは小狼の話を信じたようだった。
そしてしばらく考え込んでから、こう付け加える。
「ひょっとしたら、あれは手がかりになるのかもしれない。」
「おいガキ…俺はさっさと探して、移動してえんだ。勿体ぶらずにいいやがれ。」
 フェリオは黒鋼の言い草に苦笑する。しかし、それは乱暴なもの言いにではなく黒鋼の頭で、『羽根の気配がする〜』メキョメキョと言いながら飛び回るモコナを見ての事だ。
 喧しいと怒鳴り、モコナを追いかけはじめた黒鋼には返事を返さず、フェリオはファイと小狼に話掛ける。
「さっきの街の様子を見ただろう?今此処は、隣国と臨戦態勢になっているのさ。」
「でも、兵隊さんとかはいなかったようだよね〜。」
 唇に指を当てて、ん〜と上を向くとファイはそう言った。そしてフェリオの方を向き目だけが笑う。
「随分山の奥の方だから、隣接する国だって、それほど大きなものじゃないでしょ?戦争なんてほとんど無い国だったんじゃないのかな?お金払って征服しても得にはなりそうにない処だよね。」
「ファイさん(汗)」
「いや、正にその通り。ところが急に隣国が国境に兵を移動しはじめたって噂だ。何か強力な兵器を手に入れることが出来たってね。」
「急に?じゃあそれが…。」
 あっと声を上げた小狼に、フェリオは頷く。
「それが、彼女の羽根なのかもしれない…だろ?。」


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