ツバサother


 小狼達が降り立った土地はジェイド王国に似た、しかしそこよりは遙かに気候の良い世界だった。
 石畳の長い坂道が続く山間の街。緑が溢れる山々の中にこざっぱりと綺麗な町並みが続いている。その遥か向こうには、この国の城らしき白い建物が見えた。
「綺麗なところね。」
 サクラが口にした感想は、小狼も感じていた事だった。
 旅の経験から、この手の街は争いの無い、開放的なところが多い。
 しかし、街中に近づくにつれその印象は間違っていた事に気付かされた。行き交う人々は皆よそよそしげで、びくびくと自分達を見ている。明らかな敵意をもった目で見る者さえいた。
 そして、数人の殺気だった人々に囲まれるに至って小狼は、自分の認識が甘かったことを後悔する。
「やる気満々の良い国じゃねえか。」
 口角を上げて笑う黒鋼に、ファイが頭上で手を叩く。
「わーい。黒ぽんもやる気満々だ〜」
「満々だ〜。」
 その頭の上で、モコナもその短い手を頭上(?)叩いた。
小狼も、背にサクラを隠し『緋炎』の柄に手を掛ける。
「小狼君」
 心配そうなサクラの声に大丈夫ですと答えると、表情を引き締める。何があっても彼女だけは守らなければならない。
 隣で黒鋼が纏の下で『蒼氷』に手を掛ける気配がした。
 しかし、一触即発の状況は、そこに現れた少年の一言で一変する。
「やめとけ。」
 紙袋を片手に抱えた少年は、人の輪を崩すと小狼達のところまで近づいてくる。まじまじと四人を眺めた後、民衆の方に振り返った。
「こいつらが隣国の兵士じゃあないことくらい、幼子でもわかることだ。つまらないことをして、国王の顔に泥を塗ることはないだろう?。」
「しかし、フェリオ!こいつら異国の…!」
 いきり立って向かって叫んだ男は、少年に睨まれ、後ずさった。
「もともと此処は観光で売っていた街じゃないか。いまさら他国のものが珍しいとでも言うつもりじゃないよな?」
 フェリオと呼ばれた少年は、鋭い眼差しで人々一蹴した。そして表情を緩める。
「心配だったら、俺の家に滞在させる。それなら構わないだろう?」
 不満そうなざわめきも、直に小さくなり人々は四散していく。
「やるじゃねえか、小僧。」
 威圧的な黒鋼の視線を正面から受け止めて、しかしフェリオはそれを流した。
「悪かったな。今此処は隣国と緊迫している状況だ。…しかし、街のやつらも人を見て喧嘩をすればいいものを…。」
「ん〜?わかっちゃた?」
 ちゃかしたファイの言い草にも、少年の態度は変わらない。
「当たり前だ。お二人には剣を抜かずに頂いたこと感謝している。」
「へっ、こんな平和ぼけしそうなところに、お前みたいな奴がいるなんてな。」
 フンと鼻はならしたが、明らかに相手を認める発言をした黒鋼に驚いて、小狼は改めて少年を見直した。
 碧の髪に、琥珀の瞳。腰には剣を帯びている。歳は自分とさして変わらなく見える。
「ふう〜。」
 背中で息を大きく吐くのを感じて、小狼は慌ててサクラを振り返る。ギュッと小狼の服を握りしめたまま、サクラは横から顔を覗かせた。
「サクラちゃん大丈夫?」
 ファイに聞かれて、コクコクと頷きながら笑う。
「少しびっくりしちゃった。」
「姫、お怪我はありませんでしたね。」
「平気よ。小狼君。」
「姫?」
 フェリオは、驚いたように目を見開いた。
 ああ、と小狼は、フェリオの方に向き直り、両手を前に揃えて、ぺこりと頭を下げた。
「ありがとうございました。まだ、お礼を言っていませんでした。俺は小狼と言います。こちらはサクラ姫。」
 同じくぺこりと可愛らしくお辞儀をしたサクラを見て、フッとフェリオの顔が綻ぶ。
「お姫様…なのか。」
「こちらがファイさん。でこちらが、…。」
 黒鋼を示し、名を告げようとした小狼の手を経由してモコナがぴょんとフェリオの頭に飛び移る。そして、ストンと彼の手の上に降りた。
「モコナなの〜!!」
 白い固まりが、ぴょんぴょんとはねまわる。
フェリオの目が丸くなった。
「へえ〜喋るペットか?珍しいもの連れてるんだな。」
「ペットじゃないのモコナなの〜!!」
 笑顔になったフェリオを見ていたサクラが、ぽっと頬を赤くする。
 小狼は息を飲み、そして、言葉に詰まった。
 彼はそのまま、モコナを肩に乗せ、指でちょいちょいと四人を招く。
「俺はフェリオだ。村外れに住んでるから、此処からは歩くが構わないだろう?旅人に馴染む言葉かはわからないが森番って奴をしている。家には、姉が一人いるだけだから、遠慮なく滞在してくれてかまわない。…ところで、彼は誰だ?」
 フェリオが黒鋼を顎で示す。ファイがにっこりと微笑んだ。
「あれは、黒ピョン!」
「黒鋼だ!!」
 吼えた黒鋼を見やってまたフェリオが笑う。
サクラがつられて笑うのを小狼は複雑な想いで見つめていた。


content/ next