ほんわかしてる


 夏を過ぎると秋になって、秋が過ぎたら冬になる。
 さくらは、自分の吐いた息が白く染まるのを見ながらクスリと笑った。

 とても当たり前の事なんだけれど、心が弾むような嬉しさがあった。

  「朝からご機嫌なんだな。」
 自分の隣で呆れたように小狼が笑う。
 彼もモチロン同じ学校の制服。首にはマフラーを巻いている。
こうやって、彼と登校するようになってからは、確かに遅刻…寸前登校は減っている。
『感謝です。』なんてさくらは密かに思う。

「だって、もう冬なんだよね。」
 さくらの言葉に、何が?とでも言うように小狼は首を傾げる。
 サラリとした薄茶の前髪が揺れた。大きな琥珀の瞳は笑うと少しだけ細くなる。
 そして細く長い指が、自分と同じ様に口元に当てられ白い息を吐いた。

ドキッとする。

 頬が赤くなったのを隠すように、両手で口を包んでもう一度息をする。
 手の間から、やっぱり白い吐息が漏れる。
「随分寒くなったな。」
 それを見ながら、小狼が呟いた。
「うん。小狼君が帰ってきてくれたのは春だったから…ええと…。」
 うんうん言いながら指を折りながら月日を数えていると、また小狼君がぷっと吹きだした。そのままクスクス笑い出す。
「中学生にもなって、指を折りながら数えるなよ。」
「だって…。」
 ぷうっと頬を膨らせても不機嫌を訴えてみる。でもそれは小狼君をよけいに笑わせただけだった。 「相変わらず、算数は苦手だもんな。」
「ちがうもん。中学校では算数じゃないもん。数学だもん!」
 指を折って数えるのは、算数だよ。という小狼君の台詞はごもっともだけど、べーっと舌を出したくなった。
「どうせ、小学校の頃と変わりませんよ〜だ。」
 さくらの言葉に、パッと小狼が赤面した。
「変わったよ。」
「え?」
 真っ赤な顔で、斜めに視線を逸らしながら。
「前よりもずっと可愛くなった。」
 小狼の言葉は、さくらの頬を染めるのに十分な言葉。
鞄を両手で握りしめたまま、さくらも真っ赤になって俯いてしまう。コクンと喉をならして、言葉を口にする。
「…あのね。なら、小狼君も変わったよ。」
 小さな声。
「前よりも、ずっと素敵になった。…背も高くなってて、大人っぽくなってて…。手なんかも…。」

 自分のまだ。子供っぽい手に比べて、小狼の手が大人の男性へと変わろうとしていたのに気付いたのはさっき。

 なんだか、ドキッとした。
 小狼君だけが、どんどん大人になっていくような気がした。

「まだまだ、変わっていくよ。俺達。」
 小狼の言葉にさくらの頷く。
「でもね。私も、一生懸命大人になるから…。」

置いていかないでね。小狼君。

 さくらの言葉に、吃驚した表情を浮かべた小狼は、困った様に呟いた。
「…俺は、さくらに対してそう思ってた…。」
「小狼君も?」
同じ事を思っていたなんて、とても不思議でふたりは笑い出す。
ひとしきり笑い合うと、小狼は時計に目をやって、彼女を見る。
「さくら、あの…遅刻…するから急ごう?。」
そう言って、小狼は鞄を握りしめていたさくらの手をギュッと握る。小狼の手はとても温かかった。
「置いてなんか行かないからな。」
「うん。ずっと一緒だよ。」
コクリと頷いて、歩き出しながらさくらは思う。

 小狼君の手がほんわか温かいのを知った初めての冬。
 嬉しくて嬉しくて。私、絶対、忘れないよ。



〜fin



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