ぬいぐるみ


『ぬいぐるみはね。イタリア人のヌ・イーグルさんが最初につくったのが始まりなんだ。』
 いつもの癖が始まったわい。と頭を抱えた千春を横目に、さくらと小狼はその話に耳を傾けてしまう。何度騙されても二人の態度は変わらない。
「でも、ぬいぐるみって日本語じゃないの?」
 大きな瞳を更に丸くしながら、さくらは反論を試みる。しかしそれは山崎の口を雄弁にするきっかけを与えるにすぎない。
「そう思うでしょう?でもこれがそうじゃないんだ。英語では、stuffed toyって言う全く違う言い方をするんだけれど、実はこれにも立派な理由があるんだよ。」
「理由ってなんだ?」
 そうして、合いの手を入れなければ、広がりもしない話に小狼は自ら手を貸してしまう。
「つまり、ヌ・イーグルさんが自分の作品を世に出した時、同じようにアメリカでもぬいぐるみに似た商品がつくられたんだ。でも、それは古着に綿を入れ縫い合わせたものだったから、stuffed toy(詰め物をしたおもちゃ)ってことになったんだよ。
しかし、ヨーロッパではヌ・イーグルさんが作った芸術作品てことで、その名前が残ってしまったんだよ。」
「勿論、日本はそのころ鎖国をしていて、ポルトガルとかの欧州諸国としかつき合いがなかったから、ぬいぐるみって言葉だけが伝わってそのまま定着したんだな。だから、ヌ・イーグルさんが本当に作った作品は、飴細工だったのに今は布のぬいぐるみが一般的なんだよ。」
 怪しげな新興宗教か集団詐欺ばりの巧みさを見せる山崎話術。頭の上にはキラキラと星が輝いてさえ見える。すっかり信じ込んだ様子の二人は、そうなんだ〜そうなのか〜と頷きあっていた。日常茶飯事に繰り広げられる光景ではあったが今日はそれでは終わらなかった。
 山崎は真剣な顔で二人の目の前に指を突き出すと、ちっちっと横に振る。
「でも、ここからが肝心なんだよ。信じてくれたのはいいんだけど、これは全部嘘なんだ。」
 そして、ふふふと不気味な笑顔を返す。小狼とさくらは目を丸くした。
「えええ?嘘だったの!?っていうか、今まで、『嘘』って山崎君が自分で言った事ないよね。千春ちゃんがいつも教えてくれてたし…。」
 山崎は、困惑の表情を見せる二人の前で、芝居がかったオーバーリアクションで両手を大きく広げる。細い目をさらに細くして満面の笑顔を作った。
「だって今日はエイプエリル・フールじゃないか〜!!!!」
「ほええ〜!?そうだった!!」
 両手で頬を抑えてさくらは叫ぶ。小狼も真面目に考えこんだ。
「う、それは…。本当の事を言っているのか…それとも嘘なのか…。今日はエイプエリル・フールだから、 言ってる事は嘘で…でも山崎が嘘だって言ってると言う事はそれは本当の事で…。」
 哀れな迷える子羊が二人。しかし、救世主はあっさりと現れる。
「エイプエリル・フールだろうとなかろうと、山崎君の話は嘘に決まってるでしょ。」
 千春に耳をぎゅーつとつままれたまま、山崎は強制退場となった。
 後には小狼とさくらが残された。
「嘘だったんだね。」
「でも、今日はエイプエリル・フールだぞ。」
 小狼は眉を八の字に歪め、さくらの目も泳いだまま。二人の疑問に答えるものはいなかった。

 まさかとは思いますが信じないで下さいね。
 勿論今日はApril Fools' Dayですよ。



〜fin



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