a ghost story


 風も無いのに揺れている二つのブランコの奥。柵の向こうは、散歩コースを兼ねた林になっている。普段は人も多く行き交う場所ではあるが今の時期は、日が落ちるのも早く、林の奥に光源が無いのも手伝ってすでに闇になっていた。
 友世が指摘した女性はそこにいた。
腰まである長い黒髪を、前でばっさりと切り揃えた端正な顔立ちは、美人の部類に入るであろう。細身の肢体を樹から覗かせこちらを凝視している。ここまでは、(変質者だとしても)普通と言えた。
 しかし、闇の中なのに、何故か見える。
彼女の周りに光の帯が出来ているように闇の中から浮き上がっている。なまじその女性が美人であるだけに、不気味さ加減は割り増しになっていた。

 ひくっと動きを止めたさくらを追うように彼女の視線も止まる。星の杖を胸元でギュッと抱きしめているさくらの全身を見るように瞳だけが上下で動くと、唇の端が僅かに上がった。
『ニヤリって笑ったぁあああああ!!!!!』
普通なら(微笑んだ)で片づけられそうな仕草だったが、雰囲気がその形容詞を許さなかった。
「さくら!」
 小狼は、さくらと女性の視線を遮る形で二人の間に身体を置き、片手にもった宝珠を翳し封印とくと、剣をその女に突きつけた。
「小狼くん。」
 ハッと我に返り、目の前の少年を見る。背中越しに見る彼の表情は険しかった。両手で剣を構え、眉を寄せ、女性を睨み付けている。
「……お前…は、何だ?」
 歯切れの悪い小狼の言葉に、さくらもえっと声を漏らす。
「何っ…て…。小狼くん。あれは幽霊さんじゃないの?」
 しかし、さくらの問いには答えず、小狼はこう続けた。
「大道寺!離れていろ。こいつは、やる気だ。さくら!来るぞ!!」
 DVDのファインダー越しに二人を見ていた知世は、その声にクルリと踵を返し、数歩下がった。さくらは腕に持つ杖を握り直す。
その刹那、風が舞った。
「さくらちゃん!李くん!」
 振り返った知世が叫ぶ。
 規模の大きなつむじ風を思わせる渦が彼等を包み込んでいた。しかしその風は、知世のスカートの襞一つでさえ揺らすことは無い。
「お二人のところにだけ風が…!」
 知世は、しゃがみ込んで片手に持っていたDVDを降ろした。鞄の中を探り、携帯を取り出す。
「ケロちゃんにお知らせしなくては…。」
 数回続く呼出コールの間、知世は、その風を見つめていた。
「ほえええ〜!!」
 風の渦の中、さくらは舞い上がる埃や枯れ葉で目が開けていられない。翻弄されよろめいた身体を、小狼の手が支えた。
 腰に手を回し、声を掛ける。
「大丈夫か?」
「うん。小狼くんは平気?」
 さくらがそっと片目を開けると、風と埃は入って来なかった。
『どうして?』そう思い、両眼を開けると小狼の顔が間近にあった。自分の顔を庇うように肩口まで顔を近付けて、砂塵から守ってくれているのが分かる。
「俺は男だ。お前程細くは無い。平気だ。」
 左手で剣を手に持ったまま、小狼も自分の片目を閉じてさくらを見ていた。
「うん。」
 埃が入ったわけでもないのに、じわりと視界が歪む。
いつもこうだ。小狼くんは自分を庇ってくれる。
助けてくれる。
『大好き』
さくらの胸に広がるもの。それは彼女に力をくれる。

「小狼くん。さっきの女の人どこに居るの?」
 小狼は首を横に振った。
「わからない。もの凄い魔力だ。包まれてしまうと、俺の魔力では…。」
「幽霊さんじゃないっていったよね。そうだよね。」
 両手で杖を握ったさくらの再度の問い掛けに、小狼は苦笑した。


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