a ghost story


「遅刻だな。」
「遅刻ですわね。」
 友枝中学校にいつもの会話が交わされる。その後にはパタパタという足音と。ほえええ〜という悲鳴。漆黒で長い髪の少女がクスリと笑う。彼女の名前は大道寺知世。
「間に合そうですわね。」
 そう言って上品な笑みを向けた相手は、薄茶の髪の少年。彼の名は李小狼。フッと溜息をついて何事か呟くと戸口に歩き出した。
「まあ。」
 それを聞いて知世はうっとりと瞳を閉じる。
「ああ、ここにDVDが無いのが残念ですわ〜。」
 勢いよく開かれた戸口から、ショートカットの少女が飛び込んでくる。
「間に合ったあぁあ!!」
 その途端、足に力を失ってガクンと倒れ込んだ。
「ほぇえええ〜。」
 床に倒れ込みそうになって、思わず目を閉じるが、しっかりとした手に抱きとめられる。
「だから、転ぶと言ったんだ。」
 呆れたような声が振ってきて、少女は顔を上げた。間近にあった少年の顔にボッと顔を赤らめ、慌てて体勢を立て直した。
 少し怒ったような困った顔の少年は少女から手を放す。
「危ないから、気を付けろ。」
 コクンと可愛らしく頷いて少女は、お礼の言葉を口にした。
「ありがとう、小狼くん。…えと、それとおはよう。」
 頬を染めながら、全開の笑顔を返す少女の名前は木之本さくら。
「おはようございます。さくらちゃん。」
「おはよう。知世ちゃん。」
 ほほほ〜。と笑って知世はさくらに耳打ちした。
「小狼くんに抱き止られたさくらちゃんも超絶可愛いですわ〜。」
「知世ちゃん〜(汗)」



「今日の遅刻はホントに違うの〜。」
 両手をぶんぶん振り回しながら、さくらは首を左右に振った。放課後の教室、先生に頼まれたホームルームのまとめを書いている小狼の側で、さくらと知世が話している。
「何が違うのですか?」
「だから、寝坊をしたわけじゃなくてね!」
さくらは胸の前で拳を握り締めてゴクンと唾を飲む。
「学校へ行く途中に、公園があるでしょう?朝そこを通り掛かった時、その向こうから視線を感じたの。」
「それは、超絶可愛いさくらちゃんを狙った不審者だったのですね。」
「はうう〜違うって。でも、公園の奥から妙な視線を感じるから、じーっと見てたら、長い髪の女の人が、木の陰から覗いてて…。」
「あそこは、霊波動を感じる。」
こともなげに言った小狼の言葉の意味を理解して、声にならない悲鳴をあげてさくらは固まった。
 固まってしまったさくらを見ながら友世は、小鳥のように首を傾げる。
「毎日お通りになっていらっしゃるのに、お気付きにならなかったんですの?」
しかし、さくらから返事は無い。
「クロウさんよりもお強い魔力をお持ちなのに…。」
「さくらが、自分で拒否しているんだ。見たくないって。」
小狼はパタンとルーズリーフを閉じると立ち上がった。「これから、帰りに行ってみよう。」
「ほええええええええええ〜!!」
 ずさーっと、恐ろしい勢いで教室の隅まで後ずさったさくらに、小狼は宣言する。
「感じるってことは、相手もお前がわかっていることに気付いているって事だ。ほおっておくわけにはいかないだろう?」



『幽霊退治といえばこれですわ〜。』
という知世の意見で、さくらは薄桃のつなぎに赤い長靴。背中にリュック型の装置と長い手袋。(要するに映画『ゴーストバスターズ』の衣装です)という出で立ちにチェンジ。
「中学生なのに〜(涙)」
というさくらの叫びは勿論無視されている。
 小狼は、特に危険は無いだろうという事で制服のまま。宝珠を左手に握り締めている。しかし、実は彼にもコスチュームは用意されていた。香港から彼が帰って来た事で、知世のコスチューム作りも加熱気味。必ずペアルックというのが常になっていた。
「俺は…。ちょっと…。」
今日もそう言って断られ、DVDカメラを持ちながら知世は溜息をついた。(ペアルックを着て頬を染めるさくら)が彼女の目下の撮りたいシュチェーションNo.1なのだ。
「はぅう〜誰かいたら恥かしいよぉ。」
両手で、ゴーストを吸い込むパイプならぬ星の杖を手にしている。
「誰もいらっしゃいませんよ。」にっこりと笑ってから「あら」と知世と公園の樹に目を止める。
「長い髪の女の方が覗いていらっしゃいますわね?。」


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