そこには、何かがあった。
階段に残った幾つもの影い似た後は、全て人間の形をしていた。遺体がある訳でなかったが、ただ不気味さを感じる事は出来た。

「さあ、いらっしゃい。」

 呼び掛けてくる声に、フェリオは顔色を変える。
「どうなさったのですか。」
 両手で頬を抑え込むフェリオの姿に、フウは眉を顰める。彼の表情は、この旅で見ていたどんなものよりも青く、憔悴してみえた。
「まさか…どうして…。」
 フェリオはフウの言葉を聞いていなかったように、足早に階段を登っていく。
小さな声でまさかと呟き続けるフェリオの言葉は、階段のつきありに広がる空間に脚を踏み入れた途端、息を飲む音と共に消えた。
 城内の大広間と呼んでも差し支えない広い空間は、幾つもの柱で支えられていた。壁一面は蔦に似た植物が覆い、それ自体がまるで壁紙のような状態。
 天井から降ろされた天蓋が、部屋に設えられたベッドを覆っていた。その横に、女性が佇んでいる。
 流れる様な金の髪、翡翠の瞳。身体のラインが露わ薄い服と髪はまるで女神のようでもあった。
 
「姉上…。」

「久しぶりね、フェリオ。元気だった?」

 柔らかな笑みを浮かべているのは、姉のエメロードだった。家を出た時の姿のまま、何事もない様子で彼女はそこにいた。
 そして、後を追って来たフウもまた息を飲む。
「お姉さま!」
 床に横たわっている遺骸のひとつに姉がつけていた防具があった。
 立ち竦み、動けないフェリオを見遣ってから、フウはそこへ駆け寄ろうとした。
 しかし、即座にエメロードから魔法が放たれる。
 圧倒的な攻撃力の差に、フウは手も足も出ず、気付けば床に叩き付けられていた。 身体のあちこちがギシギシと痛み、血が流れ落ちる。
 起きなければと、脳裏で幾ら叫んでも身体は動く事をしない。
 これが、魔王と呼ばれる者の実力なのかと、フウは驚愕に唇を噛みしめる。
 エメロードは床に伏したフウに、特別な興味を頂いた訳でもなく、恐らくはとどめを刺す為に、彼女の側に歩み寄った。
 ハッと我い戻り、フウに駆け寄ろうとしたフェリオに、壁から鞭のように伸びた蔦は、簡単に両手足を戒め、壁に貼り付けてしまう。

「やめてくれ!どうしてなんだ、姉上!!!」

 弟の叫びに、エメロードはゆっくりと顔を向けた。    


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