「出来れば戦いたくありませんわね。」
 僅かな間、そう呟いたフウはフェリオに視線を向けた。
 無益な殺生は避けたいととるべきか、面倒事は嫌だという意味か。どちらとも取れるフウの笑みを暫く眺めていたが、フェリオは徐にフウを横抱きにした。
「わかった。」
 そう小さく呟くと、崖に向かって走り出す。
 あ、こら待ちや!!と声が上がった。
「何をなさるおつもりですか?」
 フェリオの肩から、慌てて追い掛けてくるカルディナを見つめてフウはそう尋ねた。
「黙っていないと、舌を噛むぞ!」
 トンと軽く脚を踏み出せば、ふたりの身体はまま崖に吸い込まれた。
「きゃあ…!!」
 小さく上がった悲鳴に、せり出した崖から下を覗き込んだカルディナが舌打ちをした。遠くに川が見えてはいても、人間が流れていったかまでは判断がつかない。

「こんな所から落ちたら無事なわけないか、追っかける訳にもいかへんな。」

 しゃあない。

 その呟きと足音を残して、どうやらカルディナは立ち去ってくれたらしい。
「もう、いいようですわよ。」
 岩場の影から、こっそりとフウの頭が覗いた。その下、ふたり分の体重を剣でもって支えているフェリオからうめき声が上がる。彼の肩に両足を掛け、フウは上へと手を伸ばしていた。
「わかったから、早く上がってくれ。重…ぎゃっ。」
「失礼しました。足を踏み外してしまって。」
 ほほほと繕うフウの声に、絶対に故意だと確信したフェリオは思いきり顔を上げた。ヒラと舞うスカートの奥が見えるかどうかという状態に、鼻を伸ばした瞬間、フウのブーツが顔面を直撃する。
「ぐわっ!!」
 今度は容赦なく踏みつけられ、フェリオは危うく剣から手を放しかけた。

「馬鹿な真似、しないで下さい!」
 無事に地面に上がった後に待っていたのは、フウの説教だった。


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