「貴方に話した事、無かったわね。」
 エメロードは足元の死体を踏みにじり、弟の元へ歩み寄った。
未だ壁に貼り付けられているフェリオは、ただ姉の姿を見つめる。

「セフィーロの王室は古に二つに別れたのよ、そのひとつが今の王家なのだけれど実質、古き血は流れていないわ。セフィーロの正統な後継者は私達、エメロード・ド・セフィーロと、貴方、フェリオ・ド・セフィーロ。」
 こんなに貧しい暮らしをしていたのに可笑しいでしょう?そう告げて笑う姉の様子に、フェリオは顔を歪めた。
「一体、どうしちまったんだよ、姉上…!」
「どうもしないわ。私は、ずっと昔から私のままよ。貴方が知らなかっただけ。
 ねぇフェリオ、私達の血は魔力を飛躍的に伸ばす力を秘めているの。知らなかったでしょう?
 だからこそ両親は、人間を恐れて人里から離れるようにして暮らしていたのよ。」
 確かにエメロードの笑みは、旅に出る自分を見送ってくれた時と少しも変わってなどいなかった。魔王として振る舞う彼女は、あの時から、それ以前から、エメロードの中に息づいていたのだろうか。
  フェリオの困惑などまるで相手にすることなく、エメロードは言葉を続ける。
「でもね、とても残念なことに、自らの血では魔力を強める事は出来ないの。でも、私には貴方がいる。同じ血を受け継ぐ大切な弟。」
 エメロードの言葉にフェリオはハッと顔を上げた。
「まさか、姉上はこの為に俺を…魔力を奪う為にだけ俺を育てたのか!?」
「そうよ。恐ろしい事をしてはいけないと父も母も私を殺めようとしましたもの。だから私は彼等を殺してやったの。」
 両親が亡くなった理由に、フェリオは言葉もない。
愕然とした表情のまま、姉の顔を見つめるしかなかった。
 苦しそうなうめき声が、フウの口から洩れ、エメロードはあら、と声を上げた。
 まだ生きていたのね、と笑う。
「今楽にして差し上げるわ。」
「…!!やめろ、姉上!!!」
 フェリオの顔に、微かに意識を戻したフウが顔を上げる。
「フェリ…オさ、」
 名を呼んだ途端に、激しく咳込み胸元を抑えた。先に受けた衝撃でもう動く事が出来ないと知り、フェリオはただ彼女の名を呼んだ。

「フウ…!!!」

  振り向いたエメロードの眉が歪む。

「そんな顔をするものじゃないわ、フェリオ。直ぐに貴方も後を追わせてあげる。」 「フウに触るな!!!」
 両腕を戒めていた蔦を力任せに引き千切り、フェリオは剣を構えた。

「まぁ、貴方は姉に剣を向けるというの?」
「ああ。」
 変わり果てた姉の姿に、逸らしたくなる己を必死で律した。不覚にも視界が滲んでいくことを留められない。
「そう、立派になったのね。
なら、私に聞かせて頂戴。貴方は私に刃を向けて、何の為に戦っているつもりなの?」
 ただ、真っ直ぐに姉を見つめて、フェリオの答えは魔窟に響いた。

 俺は、
   


→「フウの為に戦ってるんだ。」