「最初にお前と宿屋に泊まった時は散々だったな…。」 ふっと笑みを漏らすフェリオに、フウもそうですわねと同意した。 二人の間には壁が据えられて、信用ないなぁとフェリオはむくれた。でも今は、フウとの間に壁はない。 背中をぴたりと寄せ、体温を直に感じる位置にいるのに、彼女は警戒する様子すらない。 嬉しくないと言えば嘘になる、でも男として見られていないような様子にも若干は傷つくのだ。 「…こういう信頼も嬉しいんだけど…。」 フェリオは窓枠であった穴から満天星々を眺めていたフウの視界を塞ぐように顔を寄せた。 「フェリオ…さん?」 「フェリオでいい。」 囁かれる言葉に、フウは頬を染める。 星の輝きよりも綺麗な翡翠だなんて、どこまで可笑しい思考だろうとフェリオは苦笑した。 「フェリオ。」 フウはそう告げて、躊躇うように視線を逸らす。警戒されているのだろうかとも感じたフェリオに、フウは再び視線を戻すと微笑んだ。 「私、名前を呼び捨てにしてしまうのは初めての事ですわ。でも、貴方をそう呼べて嬉しいなんて…。」 彼女の言葉を唇で塞いで、フェリオはフウの身体を抱き締めた。 「私は勇者になろうなんて思ってはおりませんでした。 家系が勇者の血筋なのですが、私には姉がおります。 姉はとても強くて彼女が勇者になるものだと、家族は皆思っておりました。 でも今から一年前に、魔物を退治すると屋敷を出てそのまま行方不明になってしまって…。それから直ぐにセフィーロを脅かす魔王が現れて、私が勇者を継いだのですわ。 本当を言うと、魔王が姉の仇なのかもしれないと…私はそれを確かめに来たようなものでした。」 ポツリポツリと零れるようなフウの言葉を、彼女を腕に抱きながらフェリオは耳を傾ける。 「お恥ずかしい話を聞かせてしまいました。勇者たるもの…ですわね。」 頬を赤らめ、フウは吐息をはくように溜息をついた。 ふるりと首を横に振ると、フェリオは抱き込む腕に、力を込める。 「そんな事は無いお前は強いよ。 …俺は、もう魔王も、姉上もどうでもいいと思える事さえある。このまま、お前と一緒にいられれば…そんな事を想うよ。」 「正直ですのね。」 フウは包み込むように巻かれたフェリオの指先を己のもので触れた。 「フェリオ。貴方も私も、魔王をそのままに置いて過ごしていけるものではありませんわ。参りましょう、ふたりでならきっと…。」 「ああ。」 お前を信じてる。 耳元囁かれた言葉をフウは目を閉じて受け入れた。 next |