「まぁ、フウさん知らなかったのね。」

 クスリと無邪気に微笑む姉に、フウの目は大きく見開かれた。
「セフィーロの王室は古に二つに別れたのよ、そのひとつが今の王家なのだけれど実質、古き血は流れていないわ。
 セフィーロの正統な後継者は彼女達、エメロード・ド・セフィーロと、彼フェリオ・ド・セフィーロ。」

  「彼等の血が私達勇者に最強の力を与えてくれるのよ?」

 まさか、まさかとフウの心は目の前にある状況を否定する。最愛の姉が己の欲望の為に人を殺している。
 それも、仄かに想いを寄せている相手の姉を。
こんな手非道い現実があるものだろうか?

「なんて気持ちの良い血なのかしら、素敵ね。」
 想い出のまま、柔らかな笑みを浮かべる姉は、ストロベリージャムでも掬い上げるように赤黒い固まりをその唇へと運んだ。
 何もかも、目の前で行われている事全てが信じられない。しかし、姉はそんなフウの様子など気に掛ける事もなく、壁に縫い止められたフェリオに近付いた。
「貴方の血も、さぞ美味しいのでしょうね。」
 フェリオの首筋に伸ばされた姉の指先が、頸動脈にめり込んでいく。フェリオの苦痛の声に反応したのは、身体だった。
 姉の背中に、渾身の力で剣を深く突き刺さした。涙と叫びがフウの溢れた。

「お姉、さま…!どうして、っ…!?」

 フウの問いに答える事などなくクウは上品な笑顔を浮かべたまま、動かぬ塊と代わっていた。

 呆然と佇むフウの身体を抱き締めようとしたフェリオを、彼女は止めた。左右に首を振り、唇を噛む。
「フウ…。」
「…多くの方々を犠牲にして、私だけ幸せになる訳には参りません。」
 憂う翡翠がフェリオを見つめる。けれど、彼女の決意はフェリオのどんな説得にも揺るぐ事などなかった。
 


「さようなら、フェリオ。」  立ち去る背中が涙で滲んで、フウは小さく呟いた。

〜Fin