「まぁ、フウさん知らなかったのね。」

 クスリと無邪気に微笑む姉に、フウの目は大きく見開かれた。
「セフィーロの王室は古に二つに別れたのよ、そのひとつが今の王家なのだけれど実質、古き血は流れていないわ。
 セフィーロの正統な後継者は彼女達、エメロード・ド・セフィーロと、彼フェリオ・ド・セフィーロ。」
 
「彼等の血が勇者である私達に最強の力を与えてくれるのよ?」

 まさか、まさかとフウの心は目の前にある状況を否定する。最愛の姉が己の欲望の為に人を殺している。
 それも、仄かに想いを寄せている相手の姉を。
こんな手非道い現実があるものだろうか?

「なんて気持ちの良い血なのかしら、素敵ね。」
 想い出のまま、柔らかな笑みを浮かべる姉は、ストロベリージャムでも掬い上げるように赤黒い固まりをその唇へと運んだ。
 何もかも、目の前で行われている事全てが信じられない。驚愕の想いでただ瞳を見開くフウに気付くと、クウは優雅な足取りで妹の元へ歩み寄る。

「お姉、さま…!どうして、っ…!?」
 
 残る塊を指先にフウの唇をなぞる。色を失ったフウの唇を染める赤黒い化粧に、フウは顔を顰めた。
「何を…!」
 抗議の言葉を告げるつもりで開く口に鼻に、抗いきれない芳香が広がる。思わず舌を滑らせる。何とも言えない芳醇な味は口腔を包む。
 これが姉が逆らいきれなかった、欲望。それは、甘美に風の内部を浸食していく。それと共に沸き上がっていく力は何なのだろう。

「ね、美味しいでしょう?」

 うふふとクウは笑った。
「この人は私が喰らってしまったけど、あなたにはもう一人いるでしょう?」
 即されるように、フウは背後に視線を向ける。
未だ、壁に縫い止められたフェリオの姿が映った途端、フウの思考は飛んだ。

「フウ…!!!」

 フェリオの悲痛な叫びが耳を掠めたけれど、フウの意識は既に闇の中に沈んでいた。


〜Fin