「義兄上…!!!」
 ハッと表情を変えたフェリオが、背中に腕を回して抱き起こす。端正な顔立ちの青年は、声に反応して瞼を上げる。
「…フ、ェリオ…なのか?」
 青褪めた顔がフェリオをヒタと見据えた。

「何があったんだ、一体…「エメロードが…魔王に…。」  荒い息の間に言葉を紡ぐ。嫌な音が混じるのは気管に血液が入り込んでいるせいなのだろう。
「姉上が…!?」
 フェリオの叫びにザガートは頷き、しかし大きく体を曲げ再び地面へ倒れ込む。 ゲホゲホと咳き込み、喉がヒューと鳴った。
 呼吸器系の臓器が損傷してるのだろう。息を吸うことすら出来ないようだった。
「義兄上!!」
 狼狽えるフェリオを留めて、フウはザガートを仰向けに寝かせると上着を破り取る。そして、赤紫に変色した胸元を見て顔を歪めた。
 生きているのが不思議なほどの致命傷なのは明らかだった。それは、闘いに身を置いているフェリオにもすぐにわかったのだろう。
 青褪めた表情の彼に言葉はない。
「治癒魔法で治療してみますわ。」
 フウはプレセアから貰った葛篭に入っていたオーブを取り出して両手で包み込み、ザガートに向けた。
 フウ自身の治癒魔法では恐らく助ける事は出来ない。ただ、魔法具として魔力を増幅する力を秘めているオーブの力が助けになってくれるのかもしれない。
 しかし、治癒の魔法をどれほどにザガートに解き放つけれども、穏やかな光は彼を照らすだけ。ザガートの状態が回復に向かう様子が見受けられなかった。
 それでも諦める事なく魔法を使おうとするフウの様子に、ザガートはもう良いと告げるように彼女の手を退けた。
 感謝すると礼を告げてから、彼はフェリオを呼んだ。
「…フェリオ、彼女を助けてくれ…。頼む、エメロードを解放してくれ…。」
 血にまみれた掌でフェリオの手を握る。ギュッと一度だけ強く掴んだそれは、次ぎの瞬間にはパサリと地に落ちていた。



 宿にフェリオの姿を見つけられず、探しあぐねたフウは森の出口へと足を運んだ。
黄昏に沈む景色に残る人影に、フウは表情を暗くする。
 ザガートが倒れていた場所を見つめて、フェリオは立ち尽くしていた。
途方に暮れた子供の表情であることに、彼は気付いているのだろうか。
「…どうして魔王は貴方のお姉さまを…。」
 フウの声に、フェリオは首を横に振った。わからない…小さな呟きが唇から漏れた。
「…俺が賞金稼ぎになったのは、姉上の為だ…。

 姉上は両親を亡くしてから、たったひとりで俺を育ててくれた。  でもザガートに見初められて近々嫁ぐ事になっていたんだ。俺は無き両親に替わって姉上を立派に送り出してやりたかった、その為にどうしても大金が必要だったんだ…。」

ほたてのほ様


 淡々と語るフェリオは、必死で怒りを押し留めているようだった。きっと、本当は今にも叫んだり、衝動の赴くまま行動したいのだろう。
 そんな事をしたからと言って、魔王を倒せる訳でも、義兄や姉が喜ぶ訳でもないことをフェリオはわかっていて、ただ心を押し留めようと努力しているのだ。
 時に、悪戯めいた言動や眼差しで自分を惑わす事もあるけ
れど、彼は決して愚かな人間ではない事がフウにはよくわかっていた。 「私は勇者の血筋だからと言って闇雲に勇者になって魔王を倒そうと考えていた訳ではありません。ですが、こうして罪もない方々が犠牲になるなんて、平和に暮らしている人々を踏みにじるような行為など誰にも許されませんわ。」
 強い眼差しで真っ直ぐに己を見つめるフウから目を離さず、フェリオもまた真っ直ぐに彼女を見つめていた。
 琥珀の瞳は、驚くほど穏やかな色に染まり、深い決意が彼の面差しをも鋭くしていた。狡猾なまでの才知があるかと思えば、こんな真摯は瞳を向ける男なのかとフウは思う。
「フェリオ、私は必ず魔王を倒します。どうか貴方の力を貸して下さい。」
 自分の想いが確かにフェリオに届くように、フウはそう願わずにはいられなかった。


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